もう今から十七年ほど前のことです。手術室で学生と術衣に着替えているときに、小児外科を実習していた五年生のお腹に手術創があることに気がつきました。

「赤ちゃんの時の人工肛門の手術だね」

「えっ、どうしてわかったんですか?」

その手術創の部位、大きさ、瘢痕(はんこん)の状態などから、ただそれだけの手術ではなさそうなことにも気がついていました。しかし本人は自分の病気のことは、手術された東北の病院の名前と病名くらいしか聞いていなかったようでした。

彼が実習している期間には、赤ちゃんの人工肛門の造設・閉鎖の手術もあり、彼はそれらの手術を目を輝かせ見ていました。しかし彼の口から出たのは、外科よりは小児内科に興味がありますとの残念な(?)言葉でした。彼は卒業後に小児内科医となりました。

それから七年たち、宮本は旭川で第十八回日本小児外科QOL研究会を主催しました。小児外科手術を受けた子どもたちの生活の質=QOL(Quality of Life)について医療職みんなで考えようという研究会です。この時のプログラム集に宮本は、新生児期に手術を受け今は医師となっている二人の後輩にそれぞれの経験の寄稿を依頼しました。そのうちの一人がX先生だったのです。

彼は自分の人生を振り返り、自らの経験と考えを記してくれました。その寄稿文には『小児外科の実習で、私と同じ病気の子が三十年たった現在はどのような手術を施されるのか、興味深く見学させていただきました。人工肛門がキズを目立たないように(へそ)に成されていることを実際に見ることができ、排便機能を修復するだけではなく術後のQOL向上にも目を向けられて発展してきた分野なのだということを実感しました』とあります。ちょっとうれしい一言です。

さらには『こうした手術を受けたことによる合併症や不安がいつ出現するかは予測できない場合もあるかと思います。従って成人後の不安を解消するため、手術後患児が成人するまで長期的にフォローアップできる体制を作り、その中で長期的な合併症に対する情報の蓄積を行い、成人した患者にフィードバックできるようになれば最も理想的だと思います』ともありました。

彼の父は転勤族であったため、術後早期に小児外科医との関係は途切れてしまったようです。実体験に基づいた重要な一言でした。まさかその後、その“成人後の不安”をかかえた彼をフォローアップする機会が訪れようとは、当時はまったく思いもよらなかったのでした。

そしてそれから十年後の現在、彼は外国留学を経て、ふたたび大学に戻り、小児内科医として我々とともに働き出しました。結婚をし、子どもができ、と順風満帆(じゅんぷうまんぱん)の生活の中、ふと病院の廊下ですれ違い交わす一言二言の中に彼の腹痛の話題が紛れ込むようになりました。実は彼にとって子どもの時から腹痛は普通のことになっていたようです。

ところがついに最近、腸閉塞で入退院を繰り返したと聞き、気にしていたところでした。そんな矢先の電話が冒頭のような手術の話だったのです。

※本記事は、2022年4月刊行の書籍『たたかうきみのうたⅢ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。