バラ

♪『百万本のバラ』(加藤登紀子)

女優を恋した貧しい絵描きは、すべての財産である自分の小さな家とキャンバスを売り、街中のバラを買い占める。彼女の部屋の窓から見える広場を、それらのバラで埋め尽くす。彼女が赤いバラの海を見下ろすのを、絵描きは窓の下で見る。女優はどこかの金持ちがふざけたのだろうと思う。そして、別の街へと去って行く。絵描きは、その後、孤独な日々を送るが、バラの思い出は心に残る。

これが『百万本のバラ』の歌詞の概要で、訳詞した加藤登紀子は、深みのある声で、胸を打つ歌唱を披露している。

この曲は1981年にラトビアの放送局主催の歌謡コンテストに応募されて、その後、原作の詞とは異なるロシア語版が作られ、日本語バージョンはロシア語の歌詞を訳したものと言われている。

バラは長年、特に西洋では花の王様とされ、愛の告白の演出に重要な役割を果たしてきた。日本では、その昔、奥州に、(ニシキ)()という求愛があったと、『花とみどりのことのは』(幻冬舎)に書かれている。男が恋する女の家の門に五色に塗った薪を立てかける。女は応じるなら取り込み、嫌なら捨ておく。限度は三年間で千本までとされ、ストーカー対策までなされていたそうである。

古代エジプトのクレオパトラは、美貌の女王として歴史に名を残し、バラをこよなく愛したことで知られている。宮殿の廊下や部屋にバラを敷き詰めて香りを楽しみ、花を浮かべた「バラ風呂」を使用したことでも名高い。

私も一夜だけのクレオパトラ体験をした。二ヶ月入院した病気の快気祝いに、下呂温泉への旅行を思い立ち、現地の観光案内所で、食事の美味しさで定評のあるという宿を紹介してもらった。食事も良かったが、何よりの衝撃は、貸し切り状態の大浴場だった。

沈んだ色の広い湯船に張られた湯の表面を覆う大輪のバラの花。鮮やかな色に混じるベージュ・ピンクやペール・オレンジが織り成す繚乱の美。何百個ものバラが醸し出す芳香。この世のものとは思えない、一人の至福の時。あのいで湯の町の好印象は今も続く。

バラの花言葉は色によって異なる。赤は愛情、情熱、熱烈な恋。ピンクは一時の感銘。黄色は愛情の薄らぎ、嫉妬。白は、私はあなたにふさわしい、純潔、尊敬。贈り物にする時は注意する必要がありそうだ。

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『アートに恋して』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。