晴天の霹靂

平成25年6月10日

梅澤は、この数年間で地方の私立医科大学教授としては破格の研究費を獲得していた。

文部科学省が主管する一般科学研究の中でも最高額の基盤A研究費を獲得していた。3年間で五千万円の大型研究費である。

さらに、厚生労働省からは、梅澤が申請したIgG4関連疾患研究班が採択され、その班長に任命されていた。その研究費も3年間で五千万円になる。勿論、梅澤単独で扱う研究費ではなく、研究班を組織し、多くの全国の研究者に分担金を配分して共同で研究を進める費用である。

どちらの研究費も北陵医科大学始まって以来の快挙である。

「詐欺? 一体どの研究費のどの部分が詐欺にあたるんだろう?」

梅澤には皆目見当がつかなかった。

「ウッ」

思わず口から悲鳴が漏れた。緊張で忘れていた腰が再びきしんだ。

「すみませんが、腰掛けていいですか?」

「もちろん、どうぞ。私も座らせてもらいます」

三井刑事が梅澤の対面のソファーに腰を下ろした。

梅澤の教授室には、壁一面に天井まで本棚が据え付けられている。そこに、医学書、辞書、執筆した多くの教科書や医学雑誌などが並べられている。

スペースの半分以上は、研究のために集めた論文のコピーが整然と並べられている。本棚の右の一角には、各種の研究申請書や学会関連の書類が規則正しく整理され、種目に応じてファイルに収められている。

刑事たちは、作業が割り振られていたかのように各自が持ち場についた。

デスクの引き出しを調べる者、コンピューターのスイッチをいれて内容を確かめ始める者、キャビネットを開けてフロッピーディスクやCDなどを調べる者、本棚のファイルから、一頁一頁慎重に目を通し始める者。三井はそれらを総合的に監督する立場にあるようだ。

「これは、何かの陰謀ですか?」と梅澤が尋ねた。

「……」

三井は返事をしない。

「これは理事長の差し金ですか?」

再度、三井に尋ねた。

「なんで、そんなことを言われるのですか?」

「自分は、今、理事長と裁判で争っています。その仕返しに思えるので」

「……」

三井刑事は何も答えなかった。

刑事たちの動きに眼をやりながらも、頭は素早く状況を理解しようとしていた。2カ月前に理事長と面談した時のことを思い出した。

講座の秘書を一方的に理由も告げずに権田理事長に解雇された。その不当な行いに対して理事長室に抗議にいったが、話を聞く気など毛頭なかった。

むしろネコがネズミをいたぶるみたいに楽しんでいる気配すら感じた。あの時の理事長の不気味な笑い顔を思い出した。

この警察捜査も理事長の仕業であろうと感じた。どんな方法を使ったか知らないが、警察まで動かして脅しをかけてきたのだろう。

事態を理解すると少し気持ちが落ち着いてきた。長い時間、同じ姿勢で座っていたため腰椎が悲鳴をあげてきた。

「すみません。決して、反抗しているわけではないんですが、今朝からギックリ腰で座ってると辛くなるんです」

梅澤は、ソファーから尻をゆっくり滑らせ、足を投げだしながら言った。

「……」

三井は何も言わない。

刑事たちは、何か詐欺の証拠になりそうなものを探しているのであろう。梅澤は、この茶番を少しでも早く終わらせたかった。

「あっ、本棚のそちらの方は、全部、論文のコピーです。テーマごとにまとめてあります。研究費申請書や講座の会計書類などは、全部、そっち、右の方の棚にあるファイルにまとめてあります」

本棚に向かっていた3人の刑事が振り返った。

三井が頷くと、3人は、捜索の場所を梅澤の言った右の本棚に移した。自分たちが目的とするファイルをみつけると、内容を確かめタックシールで目印をつけたあと、もとの位置まで直さずに数センチだけはみ出した形で本棚に戻していることに気がついた。