交差する水輪

前の節で、人口二万人ほどのR市に住むコウスケ君が、たまたま入ったスナックのカウンターに『たたかうきみのうた』『たたかうきみのうたⅡ』が置いてあったことから、人の輪が広がったお話を書きました。その後、そのスナックのママのお子さんで呼び名は同じコウちゃん(『たたかうきみのうたⅡ』「希望の星」参照)が、勤務先の札幌から旭川医大まで、奥さんと赤ちゃんを連れて訪ねて来てくれました。

[写真1]

写真1を見ておわかりのように、お父さん譲りで男らしいコウちゃんの顔つきに、かわいらしい奥さんの面影が加わり、赤ちゃんはハンサムカワイイという状態です。

実はお父さんとなったコウちゃんには、赤ちゃんの時にお腹から骨盤にいたる大手術を行っていました。いろいろと手術の影響が心配だったので、その子が成人してから結婚し、子どもができるということは、小児外科医にとって非常に嬉しく素晴らしいことなのです。

実はお会いしながら、心の中で万歳、万歳と何回も叫んでいました。そのため医局応接室を独占し三十分以上も盛り上がり話を続けてしまいました。ほのぼの新婚家族の雰囲気にすっかり癒やされた宮本でした。

さて、その後、『たたかうきみのうた』をきっかけにスナックでできた人(手術した子どもたち)の輪がどんどん広がっていると、連絡が入りました。宮本が手術してから二十年以上たっている子どもたちです。

本を薦めたり薦められたりしているうちに、ある母親は、自分の同級生のお嬢さんもまた宮本の手術を受けていることを知りました。ある父親は職場でこの本の話が出た時に、部署も職階も違う同僚の各々の息子さんたちがいずれも宮本の手術を受け成長していることを知って驚いたとのことでした。

子ども同士が小学校から高校まで何も知らずに同学年で過ごしていたのに、お互いが赤ちゃんの時に大きな手術を宮本から受けていると知ったのも、この本がきっかけでした。

このコウスケ君をきっかけとして、電話で何人かの方とお話しするたびに、だんだんと宮本の頭の中は混乱してきました。頭の中を整理するためにコンピューターで書いてみた関係図は下のようになります。

写真を拡大 [図1]人口2万人のR市で宮本の手術後30年たち拙書『たたかうきみのうた』を“きっかけ”に判明してきた人間関係

この関係図を水面もに浮かべ、そこに『たたかうきみのうた』という雨だれが落ち、各々の人を中心に水輪(雨などでできた同心円の波紋)ができ、それが広がり、それぞれの輪が交差していくようなイメージが心の中に広がりました。二十年以上もの間、知らずに過ごしてきた“縁”に、この本をきっかけとしてふと気付かされたことになります。

R市だけでも百人近い子どもの手術をしているわけですから、職場・学校・スナックのみならず各々の縁は意外なところに広くつながっているのかも知れませんね。神のみぞ知る領域なのでしょう。人間の身としては、今回のようなささやかな“気付き”にも感謝して過ごしたいと思います。

(二〇二〇年三月十七日)

※本記事は、2022年4月刊行の書籍『たたかうきみのうたⅢ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。