第一章

遺言書の作成は依頼者から様々な事柄を聴き取ることではじまる。持っている財産の具体的内容、依頼者の家族・推定相続人の有無、なぜその遺贈先を選んだのか、依頼者は現在独り暮らしなのか、独り暮らしであれば依頼者が死亡した際に、遺言執行者に指名されている者に死亡の事実を誰が連絡してくれるのか等々である。

彦坂は和子が次回来所するときには、彼女の通帳や不動産の権利証などを持参してもらうことにし、初回の相談は三十分ほどで終了した。

和子の二度目の来訪は四月下旬になった。

彼女は三人家族であったが夫と娘を亡くし、独り暮らしであることを彦坂に伝えた。彼女に推定相続人は存在しないこと、彼女を支えてくれる者はだれもいないことを彦坂は知った。彼女に「友人はいますか?」と聞いたが、特別に親しい友はいないという。彼女が天涯孤独であることを彦坂は知った。

白鳥和子は、雨の日にはしずかな雨音のなかで古いにしえの本を読み、晴れた日には自宅や野外で草木の絵などを描くことに没頭し、ときどきピアノを弾きながら、ひっそりと暮らしていることを知った。

「失礼ですが、それでは淋しくないですか?」

「もう、淋しいのにも慣れてしまいました。毎日がひっそりと淋しくあることをうれしいとも思います。ただできれば早くお迎えが来てほしいとも思っています。わたしが死ぬことで古くからつづく白鳥家の家系が終わってしまいますが、それはそれでしかたありません。夫と娘のところに早く行きたいとも思っているのです」

「いつお迎えが来るかどうかはだれにもわかりませんから。しかし、遺言を執行するためには、白鳥さんが亡くなったことを伝えてくれるだれかが必要になります。このことをどうしましょうか」

和子は彦坂のこのことばに反応した。

「そのこととともに、もう一つ気になっていることがあります。じつはわたしは最近病気がちです。わたしがかりに重い病気や痴呆になったら、自分では入院手続きもできなくなります。また独り暮らしが難しくなっても施設を探しそこに入ることも自分ではできなくなります。もちろんわたしの預金や自宅を管理することもできなくなります。わたしにいつお迎えが来てもかまいませんが、それでもできるだけ安らかに死んでいきたいと思っています。わたしの人生の最後の日々をうしろで支えてくれる方が必要と思うのです。ですが、わたしにはそのような人はおりません」

和子のこの問いかけは、彦坂が和子と初対面の際、気にかかっていた事柄だった。