桜の散る頃に

結核病棟

「もう大丈夫だね。でもまだ日焼けはほどほどにしておいた方がいいよ」

私は聴診器を外しながら彼女に話しかけた。小麦色の肌に水着の跡がくっきり残り、心なしか少しふっくらとしたように見える。

「へへ、この間海へ行っちゃいました」

彼女は入院中には見せることがなかった人懐っこい笑顔で答えた。

「大丈夫だとは思うけど、まあ、気をつけてね」

「長かったです、本当に」

たくしあげたTシャツをもとに戻しながら彼女は噛み締めるように言った。

「もう妊娠しても大丈夫だと思うよ。でも、念のためにこれからは近くの内科と産婦人科のある病院で診てもらった方がいいね。紹介状を書いておくよ。それと、もし何かあったら連絡してきなさいね」

「長い間お世話になりました」

初めて会った時の暗くとんがった感じは消え、礼儀正しく穏やかに彼女は頭を下げた。横にはあの日と同じ彼がいる。若い夫婦はもう一度頭を下げ、手をつないで診察室をあとにした。その後ろ姿に「仲がいいね、お幸せに」と思わず声をかけると、二人は振り返ってニコッと笑った。

病院ではあまりお目にかからない微笑ましい光景だった。病気が治った患者が喜びに溢れて去っていく時、臨床医は満足感に浸る。そしてそれまでの過程が困難であった場合ほど感慨は深い。

1年半前、彼女は家から遠く離れたこの病院に入院してきた。彼女は居酒屋で深夜まで働き、そのあと朝まで遊んで食事は不規則という生活を送り、結核を発症した。

外来に現れた彼女は()せて顔色は悪く、不安となげやりな雰囲気をまとっていた。森に囲まれた小高い丘の上にある、戦後すぐに建てられた「結核療養所」は古く、近代的な病院しか知らない彼女にはカルチャーショックであっただろう。

彼女は「なぜ私はこんなところにいるの、これは現実なの」とでも言いたげな怒りが混じった表情を見せていた。傍らには片時も離れず一人の若者が寄り添っていた。

診察のあと病気やその治療に話が進んでくると、彼から事細かな質問が出され、面談は1時間にも及んだ。

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『南風が吹く場所で』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。