出版社社員、佐伯が言った。

「先生の原稿は完成度が高くてわずかな誤字や脱字を除いて校正するところは少なかった」

生前斉田にどうしたらそんなに早く書けるのか聞くと彼は自分の頭を誇らしげに指して「お話つくりロボットを持っているんだ……ここにね」と笑って言ったそうである。

松野は再び秘書に向かって尋ねた。

「じゃぁあなたの役割は何だったのですか?」

「スケジュールの調整とか書店でのサイン会、講演や雑誌の取材などの鞄持ちです。先生はその他に雑誌の取材やTV座談会などご多忙でした。もっともこれでも昔に比べたら少なくなったと言っておられました。それと先生が公開しているホームページを管理することも、です」

大学時代の友人が少しからかうように言った。

「あなたみたいな若い女性をそばに置いてあの男、悪さはしませんでしたか?」

彼女は質問の意味が分からなかったのか少しきょとんとした。それから少し顔を赤くして言った。

「時々おふざけを言われることはありましたけど、でも言葉だけです」

昔の悪童仲間は低くつぶやいた。

「年を重ねて行儀が良くなったのかな。死ぬまで女性泣かせのドンファンを貫くかと思ったが……」

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※本記事は、2022年1月刊行の書籍『私の名前を水に書いて』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。