大学を卒業してからもう九年がたつ。あれから同じ会社の先輩と結婚、そして女の子を授かり、私は今年で三十一歳になる。天真爛漫で可愛い娘とまじめで家族思いな夫との三人での生活は、平凡でありながらも毎日幸せだ。

日曜日の夕方は家の近くにあるこの土手を散歩しながら、道端に生えている野草を摘んで帰り、パパにプレゼントするのが娘とのお決まりになっている。

今年幼稚園に入った娘が、摘んだタンポポやつくしやらを揺らしながら長い土手の端っこから、私のいる階段のところまで走ってくる。

「わぁ、いっぱい見つけたね」

という私の声を遮って、

「あれ!みて!」

と目をキラキラさせながら興奮気味に私を見る。

娘の人差し指の先に視線を移すと、春らしい淡い水色の空に大きなモコモコのソフトクリームが一つ。

私は自然と、

「あ……」

と小さなため息がでて、しばらく空から目が離せなかった。

しばらくの間ソフトクリームに見とれていると肩をつつかれ、娘の方をみる。娘は片頬をプクッとふくらませ、それを人差し指でつんつんしながら私にほほえんでいた。

私が、

「えっ?」

と驚いていると、

「こうすれば分かるって。あのお兄ちゃんが」

そう言って指さした先には少年の後ろ姿があった。

まさか……。

そう思ってたしかめたい気持ちと、そんなわけないと思う気持ちと、もしそうだったら元気にしているのか顔をみたいだけの気持ちとが、ごちゃごちゃして結局足が前に出なかった。

呆然と立ち尽くしている私の横で、

「会わなくていいの?ともだちなんでしょ?」

と娘に聞かれた。

「んー、友だちというか……」

と答えに迷っていると、

「かながお母さんとどーゆうカンケイですか?って聞いたら、あのお兄ちゃんお空に“ともだち”ってかいてたよ」

「ふふっ」

私は思わず笑みがこぼれた。そうか、私たちはともだちだったのだ。私の大学生活の忘れられない思い出の中に彼がいたように、彼も私のことを覚えていてくれたことが嬉しかったし、少し驚いた。名前こそ知らないが、空に浮かぶ雲たちが私たちを巡り合わせ、今日までつないでいてくれたような気がした。

「またすぐ会えるからいいわ。ともだちだから」

土手にはちらほらと黄色と白が見えはじめている。

私の好きな土手がまた戻ってきた。

家の前に帰り着き、娘が、

「溶けなくてよかった~」

とほっとした顔で空を見上げている。薄い水色に少し茜色がかった夕方の空にもソフトクリームは浮かんでいた。

私は娘が家の中に入ったのを確認してから空に手をのばし、両手でソフトクリームを包み込んだ。

「いただきます!」

ほんのり口の中が甘くなったような気がした。

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※本記事は、2022年4月刊行の書籍『ぼくのカレーライス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。