Chapter・1 運命の始まりのメロディー

午前十時五分。なんの予定もない花の金曜日。有給休暇を贅沢に使う。何をするわけでもないが、近所の他人の生活音を目覚ましに通常通り目が開いた。

昨晩は、「久々に美容室に行って、本屋さんに行って……。あ、図書館もいいな」と、今日の予定についていろいろ考えていたが、いざ起きるとだらだら過ごしたくなるのは、人間の(さが)というものだろうか。

元来、あまり“女の子らしい”や“女性らしい”というものに無頓着な私は、職場の“結婚”や“恋愛”への安定神話に辟易していた。もちろん、恋愛や結婚をしたくないわけではない。(にじ)(はし)(こと)という一人の女性としての憧れがないわけでもない。その証拠に、ある女優に憧れて、髪は彼女に似せた黒髪のロングにしている。

ただ、「結婚しなよ」と、安易に勧められる空気が苦しいのだ。まるで、暗い水中で酸素の供給がなくなったような感覚になる。だから、酸素を求めてしまう。その行動が、読書だったり、ラジオや音楽を聴いたり、眠ることだったりするわけだ。世の中では、これを“インドア派”とかっこよく言っていたり、“引きこもり”と自虐的に言っていたりするようだ。「私は、間違いなく後者だな」一人、苦笑した。

外では、近所の小学生が、元気に運動会の練習をしている。そして、透き通るような青空が広がっている。化粧をしていないせいか、ちゃんと呼吸をしている気がした。それにしても、眩しい空だ。

さて、せっかくの贅沢な有給休暇をどうするか……。自分を持て余しているところが、性格や仕事、人生によく表れているではないか。一人自己分析しながら、とりあえずインスタントココアを淹れてみる。

テレビをつけると、延々と続く政治の汚職ニュースやどこかの誰かのスキャンダル。贔屓の政党はないが、議会で繰り返される問答はすぐに見飽きた。それこそ、税金の無駄遣いではないかとすら思う時もある。だからと言って、自分が政治家になってどうこうしたいわけでもないが。録画していた番組を見ていこうと思いリモコンを操作する。あんなに見たかったはずの番組が、どうしても頭に入ってこない。他の番組を見ようとするが、これもハズレ。どうやら、今は見る気分ではないらしい。

仕方がないので、ごろりと寝転んでみる。今日はもう何もせずに寝てしまおうと、まだ覚めない頭をソファに預ける。

私は、何がしたいのだろう? 私には何がある?  

周りのように上手くやれない自分に、嫌気が差す。「生理前なのかなー……?」頭は回らないし、感情が安定しない。いっそ転職してしまおうか。仕事が嫌いなわけではないけれど、時期のせいか、環境のせいか、アルバイトだからか、暇過ぎて余計なことばかりが頭をよぎる。世の中では、“贅沢な悩み”になるのだろう。

しかし、時に“暇”というものは、人の心を壊すには十分過ぎる凶器となる。何かしたくても動いてはいけない。出しゃばってはいけない。その状況に陥ると、世界は唐突に無機質なものとなる。幸せな平凡を生きる人たちでは、出会うことはない世界だろう。

右に倣えという人間関係が苦手だから、ホルモンバランスとのコラボレーションが起こると、気持ちが余計にしんどくなる。息が詰まる。夢なら上手くやれるのに。

「働きたくないなぁ……」

ぽそっとぼやいてみても、空は変わらず青い。また瞼が重くなってきた。あぁ、せっかくの花の金曜日だというのに、無駄になってしまう。しかし、これくらいの抵抗では生理現象に敵うわけなんてなく、視界はあっという間に揺らいでいった。