三 美味しい食の話

12 お寿司のネタ

季節とともに、海も様相を変えていく。次第に暖かくなる海に追い立てられるように、泳ぐ場所を少しずつ変えてきた美味しい魚がいる。日本人の大好きな、マグロ。

マグロの稚魚は、西太平洋で生まれて暖流に乗ると、日本沿岸まで北上してそこで育つ。大きく育ったものは、また生まれ故郷へ戻っていく。

昔は「大間のマグロ」と言うと、津軽海峡で獲れる一級品と言われるマグロだった。しかし近頃のマグロは、大間を通り過ぎて北海道沖まで泳いで行ってしまうらしい。

旅に出たマグロの一部は、アメリカに到着する。アメリカ西海岸で獲れるマグロはでっぷりと太っている。その貫禄を例えるなら横綱体型とでも言おうか。

日本人が知ったら「えっ!」と思う話だが、その昔、アメリカでは大トロのことはまるで意識されていなかった。脂ののったお腹の美味しい部分は鉤に引っかけられ、運ばれたという。大トロの美味しさに米国人が気づいたのは、日本の寿司文化が各国に好まれた結果だ。

日本食の広がり。その海流に乗って、世界の食卓を泳ぎ回るようになったクロマグロ。だが、獲られすぎてなんと絶滅の危機が迫っているという。某大学では、学者さんたちがマグロの養殖技術を真剣に開発し始めた。

お寿司の生まれた頃を振り返ってみれば、マグロはそうそう貴重な高級魚でもなんでもなかった。特にトロは体を使って働く人々の大切な力の源だったと云われている。人々を支え、日本の食生活に密着したマグロ。それがまるで高級魚の王様のようになってしまったのである。

「足が速い、早く腐る」と敬遠されてきた青魚、「サバ」も似たようなさだめを辿っているようだ。昔、父と私は、漁師さんと一緒に、沖釣りをしたことがある。サバが獲れる度、漁師さんたちは「またサバだ」と海にぽいと放り投げていたのである。

今では、美味しくて健康にいいからと、皆が好んで食する。その結果、数が足りなくなってきた。皆に好まれるのは喜ばしいことだが、魚のほうはそうもいかない。

マグロは養殖、サバも養殖、ではマグロに食べられるイワシは、と考えてみてふと気づいた。そういえば、イワシの養殖の話題は聞いたことがない……。

案外、天敵がいなくなった海の中ですいすいと泳いでいるかもしれない。小さないわしは脂が乗り、健康にとてもいいといわれている。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。