「我々は、今、官民合同の『宇宙プロジェクト』を進めていてね。最近では、特別珍しいことでもないが。君も知ってるとは思うが、ある一部の金持ちなどが、既に宇宙旅行をしている。地球の周りを周回したり、宇宙ステーションに宿泊したり、月や火星へ行ったり……。

そこに、我々も参入していてね。ぜひとも次のプロジェクトに、君の力を貸して欲しいってわけなんだ」

京子は、ますます混乱した。そして、おもむろに口を開いた。

「えっ、宇宙? なんで私が? そもそも、私……特別運動神経とか良いわけじゃないし、体力に自信があるわけでもないし、大学院の研究室のこともあるし……。他に、もっと適した人がいるんじゃ……」

京子は、両手にドーナツを持ったまま、初対面のスミス氏の顔を覗き込むように顔を近づけて言った。そんな京子に、スミス氏は、彼女の発言を遮るように、また、話し始めた。

「京子君、君には申し訳ないが、我々は事前に君のことを少し、調べさせてもらったヨ」

スミス氏は、そう言うとコートの内ポケットから、大きめの封筒に入った書類を取り出して見せた。

「ん~、君はなかなか優秀じゃないか。英語も堪能だし、研究室での働きっぷりも堅実で素晴らしい。上司や仲間たちからの評価も上々だ。それに、君の家族についてもね。父、母、二つ違いの妹さん。そして、愛犬のチワワのちぃちゃん。ほほう、君のお母さんはマッチョな男性が好みのようだね」

(マッチョ? ムラッド・ピットがタイプのはずじゃ!)

ドーナツの入っている袋に手を突っ込み、袋の中を覗き込んでいた京子の動きが、一瞬止まった。そんな、京子を見てスミス氏が言った。

「ハハハッ。そりゃ驚くよな。自分の知らぬ間に全くの赤の他人が、自分の個人情報を調べ上げているんだからね。驚くのも無理はない」

「でもやっぱり、私には……。いきなり『宇宙』って」

彼女は、やはり躊躇っていた。スミス氏は、口の周りをチョコと砂糖だらけにした京子の顔を見つめながら、さらに話を続けた。

「京子君、今回、我々が進める『宇宙プロジェクト』はね、既に世間一般で行われている宇宙旅行のように、ただ、宇宙へ行って、無事帰って来るというのとは違っていてね……それはね、『アンドロイド』と共に宇宙旅行するというものなんだよ! 我々が、研究開発に長い時間をかけ、巨額の費用と多くの人員を投入し、ついに完成させた『アンドロイド』と共にね! ついに日の目を見る日がきたのだよ!」

スミス氏は完全に高揚し、ベンチから立ち上がっていた。

「アンドロイド……」

しかし、京子は『アンドロイド』自体にはそれほど驚きはしなかった。京子も『アンドロイド』が既に一部の公共施設や、民間企業で実用化されていることはニュースなどで知っていた。

「世間では既に『アンドロイド』が実用化され、世界中で開発競争が激しさを増している。しかし、我々はその一歩先を行きたいのだヨ! 

そこで、我々は宇宙旅行とアンドロイドを組み合わせるという、画期的なプランを発案した。そもそも、宇宙旅行の最大のネックはコストだ。宇宙船の製造、開発、燃料、乗組員の訓練、それにパイロットの育成等、莫大なコストがかかる。その上、会社として利益を上げ社員を食べさせなければならん。だいぶ安くなったとはいえ、まだまだ庶民にはなかなか手が出ないのが、現状だ。

その上、パイロットの人材の確保、育成の問題は急務だ。これは費用の問題だけでなく時間もかかる。我々は、コストを抑えるためこの点に注目したのだよ」

京子に、スミス氏の遥か上空に、宇宙船のものらしき飛行機雲が通るのが見えた。

スミス氏の話が益々熱を帯びていた。

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※本記事は、2022年3月刊行の書籍『京子+宇宙×あんどろいど』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。