手術前

一 がん告知

「がんですね」

医師は冷静に言った。胃カメラの映像を見ながら、同じ所を何回か調べていることに気がつき、せめて胃潰瘍であって欲しいと願っていた私は驚き、

「えっ」

としか言えなかった。しかし、頭の中はいろいろな思いが猛スピードで駆け回っていた。

がんって、あの有名なアナウンサーが何年か前に、

「私が今冒されている病名、それは、がんです」

と言っていたあのがんか。それにしても、医師は簡単に言ったな。ドラマでは本人にはよく隠していたのに。そうか。簡単に言うということは、そんなにはひどくないがんなのかもしれない。

必死に冷静になろうと思っても、私の頭の中にはあのアナウンサーの記者会見の様子が甦ってくる。悲壮な表情の中にも、がんと闘って勝ってやるといった決意が伝わってくる。きっとこの人はがんを克服するだろう。そして、いつものあの明るい表情を見せてくれることだろう。そう思って記者会見の様子をテレビで見ていたことを思い出していた。

そして、思い出したのが、その方の死去の報道であった。あの人ならがんに負けないと思っていただけに、その報道が信じられなくて大きな衝撃を受けた。がんって本当に恐ろしい病気なんだと改めて思い知らされた。

その恐ろしい病気に自分がなり、あの方のように自分も闘わなければならないのか。まだ残暑が厳しく暑い日であったこともあり、汗が噴き出すとともに心臓の鼓動が大きく速くなってくるのが分かった。

医師も私が動揺しているのが分かったのか、先ほどよりは優しい言い方で、

「検査結果を担当医に報告しておきます。消化器内科に戻ってこれからのことを相談してください」

というようなことを言ったように思った。何しろほんの十分前まではこの検査が終わったら、今日は金曜日で明日は休日、だから今日はのんびりできると高をくくっていたのが、がんの告知を受け、その動揺は私の人生の中で最も激しいものだったから、医師が言っていることも冷静には聞くことができなかった。

※本記事は、2022年6月刊行の書籍『がん宣告、そして伊豆へ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。