三 美味しい食の話

11 『カレー』の力

秋の気配が近づく九月になった。しかし残暑が厳しく、冷房を切って長袖で過ごせるのはまだまだ先のことになりそうだ。

暑さを凌ぐための方法には、大きく分けて二つある。ひとつは、冷たい飲み物や食べ物、冷房を使って体を冷やす。もうひとつは、辛いものを食べて体を温め汗をかき、涼しくなろうという方法である。

子供からお年寄りまで、多くの日本人に愛される辛い食べ物といえば、やはりカレーだろう。イギリスがインドを統治していたその頃、日本に伝わってきたカレーは、他の国には見られない「カレーライス」という形であっという間に広がっていった。

具にはにんじんやじゃがいもを使い、小麦粉でとろみをつけてご飯にかけるのは日本ならではの工夫である。それぞれの家ごとに作り方が微妙に違うのがまたおもしろい。

一度、インド大使館で本場のカレーをご馳走になる機会があった。そのカレーは、香辛料をふんだんに使った、まったく馴染みのない刺激的な味だった。

まさにインドの味わい。今となっては、「日本の家庭料理と言えばカレー」というほどしっかり日本になじんだカレーライスだが、あの遠い遠いインドの味を日本人の好みに合わせ、皆に愛される料理に変えていった人々の熱意を思うと感謝感激だ。

思えば、インドは四大古代文明のうちのひとつ、インダス文明発祥の地である。インドから伝わってきたのはなにもカレーだけではない。

かたじけなくも多くの日本人が心のよりどころにしている仏教。日常的に使っている数字。「無」の概念に形を与えた「ゼロ」を考え出したのはインドだ。また、先進国の日本にコンピューターが導入されたばかりの頃、その技術を教えにきていたのもインド人だと聞く。

そして、日本語の起源は、インドの言語の一つである「タミル語」ではないかという学説もあるくらいだ。

その古、インドは天竺、中国は唐と呼ばれ、日本はさまざまな文物をそれらの国から受け取ってきた。伝わってきた文化は日本の風土と人々の心の中で熟成され、日本独自の価値観が生まれた。しっかり嚙み砕かれ、異国の文化と一体化したものは長い間生き延び続ける。

時代とともに純化されていく日本の文化は、国外の文化を上手に取り入れ、変化させる力に支えられてきた。私が熱い思いを抱く能楽も、その力の恩恵にあずかっている。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。