第一章

私は生粋の日本人ではない。父はアメリカ生まれのイタリア人。それで私はイタリア料理が好きなんだと思う。遺伝だと思うわね。母は合いの子を産んだと親戚にもご近所さんにもネチネチと言われ、10年前に胃癌で亡くなったが、父は今も健在。でも私が3歳の時に離婚してアメリカへ帰ってしまった。

私は2回ほどサンフランシスコ経由でネヴァダまで父に会いに行った。父はアメリカ人女性と再婚して私より15歳下の大学生の弟の授業料捻出のために運送会社であくせく働いている。私の容貌は父に似ているが、3歳から父がいなかったので、あまり彼のことは知らない。

10歳の夏休み一人で会いに行った。今考えればよく行ったもんだと思う。その後は16歳の時。父は日本に5年間居たので、日本語は結構上手で、私は不自由はしなかった。オバマさんのお父さんみたいに、結婚生活に破綻して本国へ帰ってしまった父。理由を聞けるほどの語学力が双方にないので、今だ理由はわからない。

父のご両親は90歳になるが健在。サンフランシスコのアパートに住んでいる。戦前のイタリアミラノからの移民でサンフランシスコのワシントンスクエアの近くでレストランを経営していた。父は私立のピッツアー大学の1年留学で日本へ行き、同じ中央大学の学生だった母に出会った。

母が私を身ごもったので結婚を余儀なくされたとのことで、二人とも大学を卒業してない。父は英語学校で英語を教えながら母と私の面倒をみたのだが、私が3歳の時離婚してアメリカに帰ってしまった。雄二はワインで顔を赤くしている。私のほうが酒は強い。パスタを口一杯に頬張って、雄二は聞く。

「でさ、その卵割れないと仕事に差し支えないの?」

「差し支えるわよ。大問題よ」

「どうしてなのかなあ。マグロも大包丁でさばける女剣士のエリなのに」

と、また大きな一口。私は卵を冷蔵庫から出して打ち付けようとしてみる。できない。イライラしてきてカウンターから落としたら割れた。当たり前なんだけど、そんな卵は料理には使えない。雄二が紙タオルであきれて拭いている。

「卵を何かで叩くことはできる?」

「できないのよ。何か卵から磁気膜が出てるような感じなのよね」