帰り道、薄ぼんやりとした月が出ていた。

「もう十五夜やろか。空見ればふところ温し月夜かな」

「先生、詩人やね。せやけど、オジンくさい」

詩、とは違うんやけどな。どないちゃうねん。

真っ黒な空に、ぽつんと浮かぶ月が寂しそうに見えた。

「なあ、せんせ。卓球場に来てる人らは、みんな何か事情がある気がするねん。せやけど、みんな笑ってて楽しそうやわ」

「そうやな。あの卓球場は逃げ場でもあるけど、(いこい)の場でもあるんやな。あそこに行ったら、なんでか気持ちがほっとするやろ」

どこから何から逃げてきたのかは分からない。ラケットを振りながら声を上げて笑っていた幼い子どもにも、明日はやってくる。腰を曲げながらピンポン球を追っていた老人にも明日がある。

私……。私はどこに、どんな明日に向かっていくのだろう。

「もう遅いから、家の近くまで送っていくわ。ちゃんと帰るやろ」

……、うん。家の前まで来て引き返す先生の背中を、いつの間にか薄雲に覆われた月が淡く照らしている。

見上げていると、ゆっくりと雲が流れていった。

やっぱり、満月やったんや。

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