20年間、僕は母に会っていません。顔や名前もわからないし、どこに行けばいいかもわかりませんでした。そんな心持ちでしたが、取り敢えず成人式で着ていたスーツを脱いで私服に着替えました。そこから「行ってきます」と母を探しに実家を出ようとすると、いつもは「いってらっしゃい」としか言わない父が、その日だけ「どこに行くんだ」と僕に声をかけます。

「お母さんに会いに行くために出かけるけど……」と心の中で思いましたが、ここで僕は小学生の時の出来事を思い出しました。「お母さん」という言葉を言うと、また父が顔を曇らせるのではないかと……。でも、父は「どこに行くんだ」と聞き返すので僕は正直に答えました。

「母さんに会いに行きたい」

それを聞くと、「ちょっと待ってなさい」と言い、父も身支度を整え僕を車に乗せて、あるところへ走り出しました。

それぞれの想い

着いたところは、小さい頃僕に、とっても優しくしてくれた見知らぬおばあちゃんが住む家でした。懐かしい感情と共に「そういえば、なんでここのおばあちゃんは見ず知らずの僕に優しくしてくれたんだろ」と疑問に思っていた時、隣にいた父が「ここは母方のおばあちゃんの家だよ」と僕に教えてくれました。

僕はビックリしました。おばあちゃんが僕に優しくしてくれていた理由がここで理解できました。そのまま、父がインターホンを押すと、記憶通りの懐かしいおばあちゃんが出てきます。数十年ぶりに会うのに、おばあちゃんは僕の顔をゆっくり見ると「空かい?」と微笑みながら呼びかけてくれました。

「うん」と頷く僕に対し、おばあちゃんは家の中に向かって「みやこ! 空が来たよ!」と誰かを呼んでいます。「みやこって誰だろう」と思っている僕に、隣に立っていた父がまた口を開き「空の姉ちゃん」と教えてくれます。その言葉に、僕はまたビックリしてしまいました。ずっと一人っ子だと思っていた自分に、お姉ちゃんがいたなんて……。

※本記事は、2022年5月刊行の書籍『応援される力』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。