一.二〇一六年 秋  ― 大分 ―

走れども走れどもフロントガラスを通して目に入る景色は、ひたすら樹木である。樹木の眺めが途切れるのは、車がトンネルに入った時だけだ。

全国どこでも山を切り拓いて通した高速道路はこういう形であり、阿南純平はこうした道路を走ることを好まない。

彼は帰省した時にはいつも空港でレンタカーを借りるが、国東半島にある空港から大分市までの経路は、高速道路を使わずに海岸線の一般国道を走ることにしている。

実家までは一時間ほど余計に時間が掛かるが、温泉街の湯煙を背にして穏やかな別府湾を眺めながらの別大国道のドライブは、純平に「故郷に帰ってきた」ということを実感させてくれる好ましい時間であった。

だが今日は、大分市までの所要時間を重視し、味も素っ気もない大分自動車道を選んでいる。とにかく一刻も早く県立病院に着くことが最優先だ。やっと別府インターを過ぎた。

あと三十分もあれば到着できるだろう。焦る気持ちを抱えて一人で静かに運転するのが嫌で点けたカーラジオからは、この春に流行った『花束を君に』が流れている。