第四章 文字の書けない事務員

内村が退職して、健一が一人で汲み取りの仕事をするようになると、社長の紘一は何かにつけては健一の仕事を手伝おうとした。それは健一のことを心配してのこともあるが、会社の起源ともいうべき、汲み取りの仕事を最も大事にし、少しでも関わっていたいという思いからだった。

しかし、紘一には社長としての仕事が山積している。健一も時々紘一に手伝ってもらったが、いつまでも甘えてばかりはいられない。健一は、なんとか一人でもできる方法を模索し、そのための道具も自分で作った。

その一例が仮設トイレを撤去するときに行う汲み取り作業である。マンションが完成し工事が終了すると、最終汲み取りの指示票が清掃課から発行され、その指示に従って通常の中間汲み取りとは違う作業をしなければならない。

なぜなら、この後仮設トイレは、トラックに積まれて運ばれるため、中身が少しでも残っているとトラックの荷台は屎尿だらけになり、場合によっては道路まで流れ出してしまうからだ。

最近の仮設トイレは、簡易水洗型の物が多く、ペダルを足で踏むと便器に消臭剤の入った洗浄水が流れるようになっている。その洗浄水には、トイレ内部のタンクに溜めてあるものや、外部に置かれた洗浄水入りのポリタンクとホースでつないでいるものなどがある。

いずれにせよ最終汲み取りでは、その洗浄水も便槽に溜まった屎尿も、完全に汲み取らなければならない。しかし、困ったことに便槽の内部、特に底の面は強度を増すために波状に凹凸がつけられている。

【前回の記事を読む】汲み取り作業員が「許しがたい」「日本の恥だ」と思うこととは

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『ニコニコ汲み取り屋』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。