常雄は笑顔で帰ってきた。

「ジグザグで失敗した。ラインを越えてしまったんだ。方向指示器は出し忘れるし……」

「それだけなら大丈夫だ」

「それにエンストを一度した」

「車輪を落とさなければ多分大丈夫ですよ」

二度目か三度目らしい五十過ぎの男が横から口を出した。

「絶対、大丈夫」

明夫がもう一度念を押した。

「オーイ、次の人」

明夫の順番だった。明夫はあわてて自動車めがけて駆け出した。後ろで笑い声がした。

――何てオッチョコチョイなんだ。

他人の試験のことに夢中になり自分の順番を忘れているなんて。あわてていたためか最初から調子が悪い。

「まだきちんとドアが閉まってないよ」

検定員が注意した。明夫はもう一度ドアをバタンと閉め直した。満足な出来ではなかったが、それでも何とかコースを回って戻ってきた。

「どうだった」

「だめだ。エンストを二回もした。それに車庫入れがもたついた」

「チェ、もう帰っちまおうか」

常雄はもう確実に滑ってしまったような口振りである。

「待てよ。やっぱり確かめてから帰ろう」

明夫はそれでもまだ受かることを期待していた。それに結果を知っておくことは必要だ。二人はたくさんの人がしゃべりながら待っている控室を出て、学校の入口の坂道の側の芝生に腰を下ろした。

目の前を往き来する車を見るともなく眺めた。まだ舗装されていない道は珍しく前日の雨のためひどい泥濘(ぬかるみ)になっている。

重い鉄材を積んだトラックが深い泥の轍にはまり込んで動けなくなっている。上り坂になっていることもあってなかなか抜け出せないのだ。

何度もエンジンを強くふかして出ようとするのだがあとちょっとというところで滑って空回りしてしまう。自動車学校の教師たちがそれをおもしろそうに眺めている。

別の車がワイヤで引っ張ってようやく出ることができた。そのあとも教師たちは別の車がはまり込むのを待っているようだった。

たしかにこの道路は公道で自動車学校とは関係ないのだが、砂利でも少し入れてやればよいのにその気はないらしい。

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※本記事は、2021年11月刊行の書籍『春の息吹』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。