コウスケ君が跳ぶ

新しい職場での慣れない夜の会議を終え家路を急ぎました。車を車庫に入れ、家に入り、ワイシャツをひきむしるように脱ぎ、冷蔵庫から出したビールを手に居間のテレビ前の定位置にどっかりと座りこみます。おつまみは会議で出されたお弁当。ビール缶のリングプルに手をかけ……と、まさしくその時、携帯が鳴ったのでした。

大学退職後、久しく鳴ることのなかった夜間の電話、ディスプレイには見慣れぬ番号が並んでいました。

「もしもし宮本先生ですか? ○○コウスケです! 覚えてますか?」と野太い男性の声。

「おっ! 覚えているよ、コウちゃんだろ! 食べ物が胸につまらないかい?」

「えっ、覚えているんですか? 胸つまりのことまで……」

もうあれから何年たったのでしょう。コウちゃんは生まれつき食道が閉鎖しており、重症の肺炎まで合併していた赤ちゃんでした。生まれてすぐ食道をつなぐ手術を行い、手術後は一か月以上、気管内挿管・人工呼吸器管理が続き、眠れない日々を過ごしたのでした。

実は自分が指導医なしに研修医を助手とし手術を執刀した初めての食道閉鎖症症例だったのです!! 名前を聞いたとたんこれらの思い出が頭の中を駆け巡りました。

「もう三十歳になりました。相変わらず食べ物が胸につまることがあるんです。特にホルモンがダメで、もう嫌いになって食べなくなりました。背は高くはならなかったのですが、ガッチリとした体になってR市の市場で働いています」

話しているうちに、だんだんいろいろなことを思い出してきました。椅子に座りコウちゃんを抱っこしながら泣いていたお母さん、クールなふりをしているけれど実は熱い思いを秘めたお父さん。コウちゃんは小学校に入学する頃まで、時々外来に来て、狭かった食道を広げる辛い処置をしていたはずです。それにしてもどうやって宮本の携帯番号を知り、電話してくることになったのでしょう?

「不思議なことがあったんです。友達と行った地元の飲み屋さんで、ふとカウンターを見ると宮本先生の名前の載った本が二冊あったんです。そのお店のママにどうしてこの本があるのか尋ねると、なんと、ママの子どもが宮本先生に手術してもらったというんです。それを聞いて『え~~っ、僕も宮本先生に手術してもらったんです』となり、一気にその場が盛り上がりました」

「お~~、そうだったんだ! それでその子の名前はわかるかい?」

なんと、ママの子というのは『たたかうきみのうたⅡ』の「希望の星」の節に書いた同じ呼び名ではあるけど別の“コウちゃん”でした。そして先輩に当たるコウちゃんはそのママから宮本の携帯の番号を教わったのでした。

「早く宮本先生に電話しなさい。喜ぶよ」とママに言われ、今回の電話につながったのでした。コウちゃん同士は五歳の年齢差があり、本人同士は知りません。もちろん親同士も知りません。何か強く引き合うものがあったのでしょう(後に父親同士が同じ職場の別の部署だと判明します)。

※本記事は、2022年4月刊行の書籍『たたかうきみのうたⅢ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。