三 美味しい食の話

7 梅雨の季節

夏の兆候は梅雨の入りから始まる。日照りの時間は短く、雨また雨の蒸し暑い日々が続く「水無月」は旧暦では七月で、平安時代には特に蝿が多く発生し、うるさく纏わり付く月といわれていた。うっとうしい季節ではあるが、この時期に食す稚鮎は、頭から尾鰭までいただける。

北の海で獲れる時鮭や真鱒(まます)は、よく脂がのって、まことに美味しい。季節、季節の美味なるものに恵まれている「食彩の国・日本」に生まれたことを幸せに思うのだ。

私はほとんど一年中を着物で過ごす。理由は、じめじめしたこの時期でも、着物は自分なりに調整しやすく、それなりに清々しく感じるからだ。

四季の恵みは四季とともに巡ってくる。寒さの残る早春に咲いた梅の花が散り葉が茂った枝にはさりげなく小さな実がついている。青々とした梅の実は、葉の青葉と調和しているようだ。

梅の実は爽やかな緑に映えて美しい。よく熟した梅を梅干にする過程はとても面白い。

梅干は塩漬けをしてから日干しをし、紫蘇の葉を加えて約一年かけて出来上がる。梅干は作り手により、それぞれに違う個性の異なる味となる。

梅干には、肉厚の南高梅(なんこううめ)が望ましいといわれる。梅干は「すっぱみ」のうちに味に「コク」があり、中にはほのかに柔らかな甘みを感じるものもある。美味なるものは丁寧に手を抜かぬことが決め手なのだ。

仕込まれた梅干は歳月を増すごとにさらに熟成され、美味しさを増す。保存食の代表選手のような梅干は、日本料理では主役でなくても、欠かすことのできない存在だ。梅雨の季節には「梅茶漬け」、「梅雑炊」などに思わず箸が進む。

梅干は、自然の恵みを凝縮した伝統食の傑作だ。整腸作用もあるし、その上殺菌作用もある。食が細くなりがちで、食あたりが心配されるこの時期、梅干はまったく理にかなったものだといえよう。

日本は世界から尊敬されている超長寿国。それは日本の風土に恵まれた食生活の賜物といっていい。

日本人は、食事だけでなく住まいや衣装にも、四季を巧みに取り入れ、季節に寄り添って暮らしている。節電が叫ばれている今、日本の伝統的な暮らしを見直すよい機会ではなかろうか。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。