ガーベラ

『コーヒー・ルンバ』(西田佐知子)

私の住まいの最寄りの津田沼駅近辺には、コーヒー・ショップがたくさんある。そのうちの一軒でコーヒーを飲み、三十分程読書をするのが週末の午後の習慣になって久しい。最近のお気に入りはA店だ。コーヒーの味も従業員の仕事ぶりも好ましく、洋楽ポップスが程よい音量で流れている。

コーヒーと読書と音楽の三者が揃うと、日常が特別な空間になる。中でも音楽は最重要アイテムと感じる。脳科学者の茂木健一郎は、著書『すべては音楽から生まれる』(PHP新書)で説く。音楽の体験を積み重ねることこそが、生きることの充実につながる、と。音楽愛好者には嬉しいセオリーであることは確かだ。充実の実感が無かったとしても。

『コーヒー・ルンバ』が流行ったのは、中学生の時だった。耳馴染みの歌謡曲とは一線を画す、都会的な洗練された外国の節回しに、西田佐知子のビブラートの無い、ドライな甘い歌声。エキゾチックなその曲が即座に好きになった。コーヒーを飲めばウキウキするとか、恋をするとかの歌詞を半信半疑で聴き、歌のうまい綺麗なお姉さんに憧れた。

因みに、ルンバとは四分の二拍子の強烈なリズムのキューバ起源のダンス音楽である。

『アカシアの雨がやむとき』も西田佐知子の代表曲だが、意外なことに、彼女のデビュー曲は『伊那の恋唄』だ。これは伊那谷に住む人々にもあまり知られていない。

テレビ司会者の関口宏と結婚以来、姿を見せない西田佐知子を、もう一度見聞きしたいと願う人も少なくないだろう。

ところで、『ウナ・セラ・ディ東京』はザ・ピーナッツの持ち歌で、ヨーロッパでもヒットし、彼女達はとても上手に歌い上げているが、西田佐知子がカバーしていて、聴く価値ありの仕上がりだ。岩谷時子作詞の煙草がテーマの別の曲も然りで、西田佐知子の歌唱は演技派の女優のように、ムードある出来栄えだ。

今週も駅の南口のカフェで新しい洋楽をBGMに読書して、帰りに北口のフラワー・ショップに寄り、梅雨空の下で一際鮮やかな赤いガーベラを買った。春から秋まで咲き続けて異国の雰囲気を醸し出す、アフリカ原産のこの花を、自宅のテーブルに飾って、『コーヒー・ルンバ』に耳を傾けるのもいいかもしれない。

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『アートに恋して』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。