親父の失踪(2015年4月)

農家の春は忙しい。堆肥を撒いたり、畑を耕したり、種を蒔いたり……。我が家の場合は、春ゴボウの収穫もあるので、尚更バタバタしている。

そんな猫の手も借りたいぐらいのこの時期、うちの親父はよく農作業中に姿をくらます。先日も腰の痛い思いをしながらゴボウを必死に抜き続けていた時、ふと目をやると、そばにいたはずの親父の姿はない。

しばらくすると、畑の(ふち)の雑木林から「ザワザワ」と音をたてながら何者かが近づいてくる。もしや、冬眠から目を覚ました熊⁉  のっそりとまるで熊のようにでてきたのは、土で汚れたツナギを着た親父だった。にやけながら手に緑色の葉っぱをギッシリと握りしめている。

「今年はギョウジャニンニク、だいぶおがってるわ~。やっぱ春が早かったからだべな」と親父が嬉しそうにしゃべる。

クソ忙しい仕事中にサボって山菜採りとは何事だと昔は子ども心に思っていたのだが、こんな光景を毎春のように見ているうちに、いつしか当たり前のように感じ、作業中の親父の失踪は春の風物詩だと思うようになった。

子は親の背中を見て育つというのはまさしくそうであり、いつしか僕自身も時々、農作業中に失踪して山菜採りをするようになってしまった。優秀な農業者だったら、きっとこんなことを仕事中にしていたら叱られてしまうかもしれないが、僕は開き直って、これこそ農家の特権だと言い張りたい。

一生懸命に働くのは当然のことだけれど、他のことに目もくれず一心不乱に働き続けるのは少々無理があるだろう。集中すべき時に集中するのは当然必要なことだが、時と場合によっては息抜きをすることは心身の健康にとって大事だと思う。まして、周辺に自然の恵みがたんまりとあり、仕事の合間に軽い気持ちでその恵みにありつけるなんて、こんな幸せなことはない。

その日の夜は、収穫したゴボウのきんぴらと仕事をサボって採ったギョウジャニンニクのお浸しをおかずに美味しいごはんをいただいた。

後日、またまた農作業中に親父は失踪した。しばらくして戻ってきた手には、今度は黄緑色のものが……。

「もうタラの芽がではじめているで。今年の春はやっぱり早いな~」

今日も平和な冨田農園だ(笑)。