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電車はやがて明大前駅に到着した。

ここで、左沢は小事件を目撃することになった。

「駅員さーん、この人、痴漢でーす」

女性の金切り声が、半分開けた窓から飛び込んできた。

新聞から目を離しホームを見ると、二十代後半と思しき小太りの女性が、背丈もあまり変わらない小柄な男の手を引いているのが見えた。

「もう頭にきた、いつも触ってきて。駅員さーん、この人、痴漢でーす」

手を取られた若い男の顔面は蒼白だった。が、すっかり観念したのか、気が臆してしまったのか、抗う様子はない。ホームの人混みはふたりを遠巻きにしながら流れていき、ふたりは異空間にいるように浮かび上がっていた。

「駅員さーん、この人、痴漢でーす、早く来てくださーい」

女性が三度目の金切り声をあげたとき、右手からふたりの駅員がつんのめるようにして走ってきた。そして、ひとりの駅員は女性に代わって男の手を取り、もうひとりの駅員は男の肩を抱き、駅舎のほうに足早(あしばや)に連れて行った。

ほんの十秒たらずの出来事だった。

女性は化粧も服装もセンスがなく、お世辞にもチャーミングとは言えなかった。逆に男性は、小柄だが端正な顔立ちで、いわゆるジャニーズ系のイケメンだった。目の前で展開された捕りもの劇の男と女のチグハグさに、これが現実というものかと、左沢は思わず苦笑した。

明大前駅から十分ほどで新宿駅に着いた。左沢は山手線に乗り換え上野駅に向かった。

東北新幹線のホームに立つと、ほどなく、東京駅発のやまびこ53号がほぼ満席の客を乗せて到着した。

左沢は、自由席に空席がないことを確かめると、すぐに列を離れて前方のグリーン車両に向かった。予約は取っていないが、空席があれば乗せてくれるはずだ。昨晩は周平のことで頭がいっぱいになり十分な睡眠がとれなかった。だから福島までは眠りが欲しかった。

思惑(おもわく)どおりグリーン車の一席が確保できた。予約している客が現れれば席を替わることを条件に、車掌はチケットを発行してくれた。周りは三、四十代の中間管理職と思しきビジネスマンがほとんどだった。目を(つむ)るとキーボードをたたく音がそこかしこから聞こえてきて耳に(さわ)ったが、左沢はただ眠ることだけに集中した。

目を覚ますと列車は那須塩原と白河の中間あたりを走っていた。野菜の収穫を終えたばかりで真っ黒な地肌をむき出しにした畑が続き、点在する農家の庭先の柿の木は真っ赤に紅葉している。はるか向こうに那須の連山が見える。都内の車窓からは一変したが、左沢には見慣れた風景だった。