あら、ドアベルが鳴ってる。私はパスタを茹でていて、台所に湯気が立ちのぼっている。雄二は蕎麦うどんで育ったからか、パスタに大層憧れている。すごく日本的な男子なのに、クリームソース味が大好物。で、今日は簡単なカルボナーラにする。でも卵の殻割りは雄二に頼もう。

入ってきた彼は、これ母からだと苺のショートケーキ2個入りの小箱を高く掲げた。

「築地は今移転の話で持ちきりなの?」と白のワインを開けながら、聞いてみた。

「うん。でもなかなか方向性ははっきりせんわ。豊洲は無理そうだから、築地改修がメインになってきたよ」

そうなんだ、と本当はなるようになるわと思ってる私は気の乗らない返事をして、本題に入った。

「あのね、昨日からなんだけど、卵の殻が割れないのよ。これ割ってくれない?」

雄二は素っ頓狂な顔して私を見てる。

「卵の殻? 割れんってどういうこと?」

「だから割れないのよ」

雄二は不思議そうな顔して卵を割り、「手首でも動かんの?」と聞いてきた。

「ううん、そうじゃなくて、何か卵を持って打ち付けることができないのよ。問題だと思うわ。精神的なもんだと思うけども」

パスタを盛り付けて、サラダを冷蔵庫から出した。白いワインはトレビアーノ。雄二は今ではフォークに慣れてサラダも上手に食べる。それなりに努力したんだと照れていた。

※本記事は、2022年5月刊行の書籍『卵の殻が割れなくて』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。