この夜義経は郎党達を集め、官位が従五位下となり、大夫尉になったことを伝えた。郎党たちはめでたいとはしゃいだが、成り行きを知る弁慶、佐藤兄弟、有綱はこの先の事を考えると心から喜べなかった。

義経は一同を見渡し

「このめでたい日に、仲間が一人増えた。義久これへ」

「おお、来たか」

皆笑顔で迎えた。もちろん全員が一ノ谷合戦で奇襲部隊の道案内をした若者の顔は覚えていた。

「鷲尾三郎は今宵から郎党となり。わしの名の一字を取って義久と名乗る」

「殿の一字をいただくとは羨ましい、鷲尾三郎義久。良い名ではないか。自信のある得物はなんだ」

「猟をしていましたので、弓ならば」

「そうか、此処にいる鈴木重家は弓の名手だ、武辺の弓を学べ」

「はい、よろしくご教授お願いいたします」

「武士ならば剣も扱えないとな。継信・忠信殿に稽古をつけてもらうがよい」

「継信様、忠信様。よろしくお願いいたします」

「おお。わしは厳しいぞ、覚悟せい。ところで歳は幾つになる」

「十七歳になります」

「若いな。気が利きそうだ。喜三太に代わって、殿の身の回りのお世話をしてくれるか」

「はい、承知致しました」

「まだ皆の名を聞いていなかったな。そこから順に名乗ってくれ」

「わしは名乗るまでもあるまい。義久を連れてきたのはわしじゃ。武蔵坊弁慶」

「私は初めてじゃな、鎌倉から仲間入りの源有綱だ。あと三名いるが御用で出ている」

「今宵は良い夜じゃ、さあ飲め。義久にはまだ早いかの」

「いえ、爺様の相手をしておりました。飲めます」

「そうか、よし」

「そうだ、義久。ここにおる殿と十二名の者、早朝にお勤めがある者以外は、朝餉を一緒に摂ることになっている。遅れるな」

「はい。承知しました」

「それと、義久の部屋は廊下の突き当たりの手前だ。一番奥二間が殿のお部屋。そしてこの広間を囲むのが我々の部屋じゃ。すぐ誰がどの部屋か覚えるだろう。他にまだ空き部屋が沢山ある」

「使用人との繋ぎ役は喜三太。奥向きのわからないことは喜三太に聞くと良い」

「もうこんな刻限か、殿。今宵はどちらへ」

「今宵はこのままここで寝る」

「義久。ついて参れ。殿のお世話の子細を教える」

喜三太が、義久を連れて広間を出ると、自然散会となった。そして、この夜義経は側室の元を(おとな)う気になれなかった。

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※本記事は、2021年10月刊行の書籍『小説 静』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。