長い髪の毛のシャドーが、僕を追いかけ回す。頭の中でぐるぐる回りながら、長い髪の毛の残像だけが僕を追いかけてくる。

僕は逃げ回る。頭の中を駆け回る。なのに長い髪の毛のシャドーは、僕をつけ回す。やがて、長い髪の毛のシャドーは僕の頭にしがみついた。振りほどこうとするのに、長い髪の残像は、僕の体にまとわり付き、僕の頭にしがみつく。

夢におびえる毎日に耐えられず僕は阿蘇に帰ってきた。僕にはもう会社勤めは無理なのか。どうすればいいのか。そもそも、この年になっても、まだまだ、知らないことが多すぎる。そして、僕は人から疎まれすぎる。うまく利用されすぎる、というか、周囲に気を配らなさすぎる。自分が取り組んでいる姿勢に、周りの連中がどのような感情を抱いているのかということに無頓着すぎるのだ。

勉強さえしていればいい、目の前の仕事に集中していればいい、他人ができないことに対して、正論を言いすぎる。そうは思ってみても、こうして生きてきた僕はそれを変えることはできない。やるべきことをやっていれば、それでいいはずだった。

──僕はどうすればいい?

その呟きが友人のバーテンダーの前で、つい出てしまった。

──今のままでいいんですよ。

そういう声が聞こえたような気がして、僕は目の前にいるバーテンダーを見た。少しばかり多めに飲んだ酒のせいで、僕の頭の中は混乱していた。

今、何か言ったか? 僕は目でそう尋ねた。友人は何も答えない。するとまた、

──今のままでいいんですよ、一条寺君。

という声が聞こえた。友人が、目で合図を送ってきた。僕は不審な目で横を見た。一人の紳士が、シガーを燻らせながら、真っすぐ前を見ていた。僕は目を友人に向けた。

──この人が、僕に語りかけたのか?

友人は頷いた。再び横に目をやると、紳士が、僕を見ていた。

──私を覚えていませんか、一条寺君。

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※本記事は、2021年9月刊行の書籍『未来への手紙と風の女』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。