きょうはクルマで出勤すると言っていたから……智洋は、廊下から身を乗り出した。地下駐車場からの出口を凝視した。

こんなところを隣の小倉さんに見られたら、また何か言われる。年上のダンナさんといつまでもラブラブねぇとか、からかわれる。でも、かまわない、きょうは、いい。

小倉夫人が転居の挨拶に来たとき、日曜日で、生駒も家に居て、わたしより先に玄関へ立ち、洗面所から出たわたしと、結果的に二人で出迎える形になって、それを見た小倉夫人が、父娘(おやこ)だと勘違いし、後日、その修正に面倒な努力を要したのはいいとしても、(とし)の差婚をやたらに強調する言動には、いささかイライラさせられ、その解消に、長い時間を強いられている。

最近やっと、こうして夫を見送る姿を目撃されても、笑い顔だけで済むようになった。何かを含んでいるような表情ではある。智洋は、しかし、もう気にしない。

モスグリーンのクルマが出てきた。マンションの前の道を池尻大橋方面へと走り去る。ウインドウを下ろし右手を出して振る、いつもの生駒の仕草は、ついになかった。

青山のオフィスへは、三十分足らずで着く。夜にアルコールを摂ることが予定されているときはクルマ出勤しない。予定外のときは、クルマを置いて帰ってくる。当然、次の朝は電車出勤。結局のところ、週に一回か二回は満員電車を余儀なくされる。社長なんだから、そういうときは、ゆっくり出勤すればいいのに……。

「そういうときに限って、朝早いアポがあるんだよなあ」と、生駒は苦笑してみせるが、本人は、それほど嫌がってもいないようだった。日本でのサラリーマン生活が短いためかもしれない。

部屋に戻りながら智洋は、今夜、帰ってきたら必ず、お帰りなさい、と明るく出迎えようと誓った。あぁ、行ってらっしゃい、も言おう……。引きずりたくない、だって、明日は、あのひとの誕生日なんだもの。

※本記事は、2022年5月刊行の書籍『再会。またふたたびの……』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。