「つながりのようなもの」を「つながり」に昇華させて「本物のコミュニケーション」を作るのは、この「世界」を創った自分の仕事だ。男は疑念を振り払うように、自分に言い聞かせた。

「そんなに簡単なものかしら」

女が男を見透かしたように呟いた。

「そんなに簡単にコミュニケーションなんてでき上がるのかしら」

「君にはわからないよ」

男は少し腹を立てた。

「そもそも我々はコミュニケーションを作るために存在しているんだろ。自己否定じゃないか」

「まあ、あなたは最初からボスを信じて一緒にやってきたから、ショックでしょうけどね」

ショック、といえば、まあそうだろう。言われなくてもわかっている。この女に一体何がわかるというのか。赤毛の男は無性に腹立たしくなった。

「『本物のコミュニケーション』なんて、ファンタジーね」

ファンタジー? 俺が信じてきた理想を「ファンタジー」だと? バカ言え! 「ある考え」が適用できれば実現できるんだ、ファンタジーなんかじゃない! 男は女にそう言いかけて、飲み込んだ。

と同時に、頭の深い奥の方から、どろどろとした赤いものが滲み出てきた。イチジク? 赤黒い果肉や種が溶け始めて、男の頭の中をひたひたと充たそうと迫っている。溶けたイチジクは、男の頭の奥に締まっている蓋も溶かし始めた。

長い間封印してきたものが、果肉や種に混じって流れ出ようとしている。男は本能的に察知した。「現実世界」! この白い部屋にいれば安全だと思っていたのに! 男はめまいがした。もう少しで叫び出しそうだった。倒れそうだ。誰でもいい、消してくれ! 

男の目がパソコンの画面を必死に泳ぎ、溺れそうになりながら、縁の欠けたグラスに入っている牛乳の画像の投稿を捉えた。頭の中を支配し始めているイチジクをかき消したくて、白い静謐さを湛えている画像にすがりついた。

イチジクと白い部屋、白い牛乳が、頭の中でぐるぐる回っている。

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※本記事は、2021年11月刊行の書籍『Wish You Were Here』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。