八節 神様の衣装函

日本の秋は最も愛する東北、十和田湖御倉(おぐら)半島、錦ヶ浦周辺の絢爛豪華の錦秋は神様の訪問着と言うしか表現を知らない。紅葉はこの世の極楽に思える、八甲田はブナの紅葉樹林帯の中で死ねたら私は本望、ここは神様の(しとね)ではなかろうか。

奥入瀬の樹林でもいい、幾度も歩いたが日本に生まれた喜びをいつも感じる。中禅寺湖周辺、小田代ヶ原、戦場ヶ原、湯ノ湖、全山紅葉も見事、これは神様の友禅衣装に違いない。

黒部渓谷も神様模様だ、あれは仕事着か、荒々しい仕事で擦り切れているようだ。四阿山(あずまやさん)根子岳十ガ原は神様の奥座敷に違いない。京都は常寂光寺、黄一色の紅葉はさしずめ黄八丈(きはちじょう)か、神様の都会のお洒落着なのであろう。洛北にある後水尾上皇の修学院離宮の豪華さ、離宮正門真紅のモミジは神様の晴れ着であろう。永源寺の紅葉、銘仙をお洒落に着こなしているようだ。

京の都、(とう)の都の名庭の数々、惜しげもない衣裳の展示会だ。

神様の正装は文句なしに伊豆半島から見た富士山の麗姿であろう。ここは神様が(かみしも)の正装をしてお迎え下さる正面玄関、ここから奥座敷の箱根に案内(あない)なさる。渡り廊下の十国峠から相模湾、駿河湾を見渡して古代から数多く歌われている。山部赤人の(かむさび)の歌、天女の羽衣にて東遊(あづまあそび)の舞曲などをものしたくなる。

「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」

源実朝は歌人のほうが幸せであった。

岫雲斎も愚作をつくる。

片瀬なる岩場の海に黒潮が青く砕けて白く散るかも