立花と加山はゲームに熱中している子供のように装置を操作して、動物の鳴き声を再現したり、その波形を調べたりに没頭する。

「うん。だいぶ完成に近づいてるわね」

立花は納得したようにうなずいた。

「そうでしょ。『アニマ』と命名しました。アニマは、特にボーダーコリー、テナガザル、シジュウカラ、ジュウシマツはほぼ完ぺきに通訳できます。それにプレーリードッグも。デグーより頭がいいって認めてくれますか」

加山はいたずらっぽく言った。

「うーん、迷うとこだけど認めるわ。あとは集団生活をする野生動物の鳴き声解釈の精度をどれだけ高められるかね。この研究所でもいろいろ飼育しているけど、残念ながら飼育環境下と自然環境下では彼らの行動範囲もパターンも違うの」

「そこはデータ量次第です。犬猫などの一般的なペットならいくらでも観察できますが、野生で集団生活する動物のビッグデータ構築は簡単ではありません。特に鳥類は行動範囲が広いから難しい」

加山は頭を(かし)げる。

「それはわたしの仕事ね。まだ山北に自然が残っているうちに集めなくちゃ。全く、あんな楽園を壊そうなんてどうかしてるわ」

立花は珈琲に口をつけながら憤った。

「そのうちしっぺ返しを食うわよ。高取くんはいったい何をしているのかしら」

「高取さんて?」

「高校時代の教え子で、今は月城市役所の生活環境課よ。体を張ってでも自然環境を守らなければならない立場なのに……」

山北への道すがら、子供時代の思い出が蘇る。かくれんぼや木登りをしたり、コウモリを捕まえたり、いくらでも遊びはあった。珍目(ちんめ)神社という廃神社があり、夜に忍び込んで肝試しもやった。いっしょに遊んだ仲間も、地元に残っているのは半分ほどだ。

近づくにつれ、土砂を積んだダンプや伐採した木々を運びだすトレーラーが行き交う姿が目に入る。いざ着いてみると、運転中に思い描いていたイメージとはかけ離れた光景が広がっていた。

広大だった森林の半分は既に切り開かれ、そこかしこに「黒岩産業」の立て看板が鎮座している。重機が土地を掘り起こしたり固めたり、我が物顔に動き回る。土砂がうず高く積まれ、伐採木があちこちに横たわる。吾郷は思わずため息をついた。車中ではしゃぐ子供たちの声が救いだった。

開発地帯を横目にすぎ、まだ森林が残されている山北西へ向かった。

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※本記事は、2022年3月刊行の書籍『濡羽色の朝』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。