8章 大阪女学院短期大学時代

誘われて、初めての図書館&ランチ

女学院に入学できたことで、私の人生は急激に一八〇度変わった。有り難いことに短大の二年間も母が送迎してくれた。

この頃には、ステロイドの服用もしておらず、私の若年性多関節リウマチの症状は小康状態だった。出席日数に厳しい宿題の多い短大だったので学業を疎かにはできなかったが、それ以上に思いきり短大生活を謳歌した。

私が短大生活の二年間で手に入れた一番大切なものは、昔も今もどんな時でも変わらず私の味方で応援してくれているかけがえのない友人たちだ。初めて友人と図書館で一緒に勉強した日のことは今もよく覚えている。この時が人生初の図書館デビューだった。

図書館の独特な静けさと空気感の中で、私のハートはドックンドックンと高鳴り、おかしい緊張感で何を勉強したのかさえ覚えていない。相槌を打つのが精一杯だったのだろう。

席が近くいつも話していたクラスメイトたちに初めてランチに誘われた時は、心臓が跳ね上がった。お弁当の子もいれば、私みたいにそうじゃない子もいた。

私はカフェご飯を食べていて、みんなとランチのシェアをした。私は玉子焼きをもらった。母の味とは違ってとても甘かったが、その味は最高に美味しかった。

みんなと笑って食べるランチタイムは嬉しかった。少女漫画でランチのシーンはよく読んだが、まさか自分がそのワンシーンの一員になるとは想像すらしていなかった。それ以来、私もクラスメイトや友人をランチに誘うようになった。

クラスメイトとハンバーガーショップ

学校の帰りに友人たちと最寄り駅(JR玉造駅)にあるハンバーガーショップに立ち寄るのが大好きだった。初めて誘われた時は、えっ、まさか私!? なんで!? と疑った。

最寄り駅までは上り坂が続いていた。しかも、私は電動車いすを使っていなかった。友人たちが車いすで急な坂を安全に上るにはどうしたらよいかと相談しているのを聞いて、誘われたのは私だと理解した。と、同時に驚きすぎて嬉しすぎて、頭が真っ白になって言葉が出なかった。

ポテトやチキンナゲットをみんなで食べながら、学校の愚痴、バイト、好きな人の話などをして大笑いした。私の心は、真っ青な空の下、これぞ青春だっー!!! と大声で叫びながら爆走していた。

心がワクワクドキドキ、浮き足だって何が何だか分からなかったが、マクドのナゲットはやっぱり美味しかった。卒業して以来、そのマクドには行っていないが、今もあの場所にあって欲しいと思う。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。