君と抱く

おれが気づいたのは朝五時半を過ぎたころ、赤ちゃんのグズる声で目が覚めた。初めての赤ちゃんと二人っきりの朝に、おれは軽くぱにくったが眠い目をこすりこすり、おやじさんメモを読み返しながら指示通りにちゃんとお世話した。

オムツを替えて、ミルクも作り飲ませたし、もちろんちゃんとゲップもさせた。全部ちゃんとお世話ができたぞ、たぶん。すると赤ちゃんは今日もニッコニコ♡ おれに笑いかけてくれて、バスケットに寝かされても自分の手や足をオモチャにして遊んでくれていた。

その間におれはそんな赤ちゃんを眺めながら朝メシを食った。ほどなくしておやじさんが来てくれた。どこから持ってきたのか、古い抱っこヒモも持って来てくれていた。

「おはよう。これはお前たちを背負ったときの物だぞ~」

「よく残ってたなぁ~そんな古いもん」

おやじさんは少し自慢げな顔でおれにそれを手渡した。嬉しそうに渡すおやじさんとは違って、おれのテンションは低かった。せっかくの休みが他人の子供のお世話で終わるからだ……でも嘆いている暇はないらしかった。おやじさんは持って来てくれた抱っこヒモで赤ちゃんを抱いて「散歩に行け」と言い残し、あっと言う間に帰ってしまった。

昨日会ったばかりの赤ちゃんとおれの二人っきりで散歩か……恥ずかしいし不安でしかない。このアパートにもいるお母さん連中は何と思うだろうか。不安ばかりを考えるおれを尻目に良い子に独り遊びをする赤ちゃんを見つめながら言い訳を考えた。

「友達の子を預かったんです」とか「妹の子を預かったんです」って軽く噓つくか。とか散々くだらないいいわけを考えたあげく、結局普通に親戚の子を預かったということにした。ひとまず、抱っこヒモで赤ちゃんを抱いてみることにした。

「うん、まんざら悪くないな~案外似合ってる。大丈夫だなおれ」

自分にそう言い聞かせた。おれを知らない人が見たら、それなりにナイスな育メンパパみたいに見えるだろう。そう意外と似合っている、自信を持って出掛けよう!!

おれはそのままの勢いで外へ出掛けた。階段を降りると案の定、同じ階の子育て中のママさんたちに会った。

「おはようございます。あらっ、いつお子さんができたの?」

「休みの間だけ親戚の子を預かったんです」

「素敵だわ~。うちのパパなんか何にもしてくれないわよ」

「独身なのに偉いわね」

「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

「何てお名前なの?」

おれの二言目を待たずに矢継ぎ早に次から次へと話しかけられた。しかしおれもそこは丁寧に返した。

「ありがとうございます」

「華ちゃんといいます、三日間よろしくお願いします」

何かあった時のことをよろしく頼みその場をあとにした。お母さんたちの心優しい言葉に気をよくしたのか、おれはふいに赤ちゃんにむかって「華ちゃん、どこに行こうか?」と独り言のように話しかけていた。

とりあえず、おやじさんの家に向かってみることにした。なんだか物すごく視線を感じる、まあそうだろう。独身のおれが急に赤ちゃんを抱いてたら、誰もが不思議に思うに違いない。でもそんな好奇な目線だけでなく、今まであまり味わったことのない優しい温かい視線にも気づいた。同じように子育て中のママさんたちの優しい眼差しはとても気持ち良いと感じられた。いつか本当に自分の子のために育メンになるのも悪くないかもと思えた。

いつも通りすがりに吠えてくる犬も今日ばかりは吠えてこなかった。華ちゃん効果かな? おれのアパートから実家までどんなにゆっくり歩いても五分あれば着く。