目的は兄弟探しと狩猟に興じること

俺が榎本さんちの飼い猫になって、もう5年も経つのか。時々ハプニングはあったが、総じて平穏で幸せに暮らしてきたように思う。これは贅沢な悩みかもしれないが、順風満帆の日々ばかりだと退屈で物足りなくなって、何か刺激的で魅惑的な出来事はないだろうか、とかを夢想するようになるんだ。

人間だってマンネリ化した日常生活から離れたくて、飛行機に乗って遠くの国に旅行するだろ。今では地球上では物足りず、ロケットを宇宙に打ち上げ、火星など他の惑星で過ごそうという宇宙ビジネスも始まっているほどだ。でも、それが一般に普及するのは100年も先なんだってさ。気の長い話だね。俺はそこまで気長に待てないよ。

そんな時、長年の懸念事項である俺の出自に関わる情報が、突然、身近な所から降って湧いて来た。「にゃん太郎によく似た猫を見かけた」と榎本さんが奥さんに話しているのを聞いたんだ。

榎本さんはジョギングが趣味で、週末は少し遠くまで走りに行っている。走っている道路の歩道で、俺に似た猫を見かけたと言うんだ。真っ黒で毛長の洋猫。ちょうど俺くらいの年恰好。咄嗟に俺ではないかと思って、「にゃん太郎?」と声をかけた。すると、その猫は怯えて逃げて行ったそうだ。逃げて行ったから、にゃん太郎ではないと分かった。そもそもにゃん太郎がこんな遠くまで来る筈はないと思って、気にしないことにしたとのことである。

だが俺は気になって仕方がない。俺はその猫にどうしても会ってみたい。俺の兄弟だってこともあるよな。兄弟であれば、俺が執着している「高貴な血筋の出?」という出自の真実が分かるかもしれないと思えてきたんだ。

もともと俺には、未知の地で思いっきり狩猟に興じたいという悲願があった。宇宙ビジネスに比べたら、雀の涙にも満たないささやかな願いだ。俺に似た猫がいた場所は、何と、俺が行きたいと思っていた所でもあるのだ。そうだ、そこへ行こう。そこへ行けば一挙両得。2つの目的が同時にかなえられる。

半年間かければ行って帰って来れるかな。ちょうど輪ゴムの首輪も擦り切れて、外しているので、GPS機能は使えない。好都合だ。こういう場合は探し出されたらかえって困るからな。

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※本記事は、2021年11月刊行の書籍『おもしろうてやがて悲しき』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。