(四)結婚観

「貴女はずるくない。最初から愛情それのみであると言っていたよ。そして僕は現在もそれを全然疑っていない。

結婚しようと思わないとも言っていた。その理由はいわゆる結婚という事のある意味の不潔さ、はっきり言えば生殖につながる行為のいやらしさの事を言っていると思う。ごめん。貴女の生きてきた道から見てこの事の持つ比重の大きい事はよくわかる。

しかしはっきり言えば、緒田さんはいまだ人間というものがよくわかっていないのだと思う。観念的であり、人間は精神のみであると思っている。精神的なもののみが果たしてピュアであるのか。

愛情は全ての事に対して正当性を与えると僕は思う。好きな人となら自分の全てを与えようとする。別にいやらしくも何ともない。僕は以前、結婚なんか当然するものだと言った。緒田さんという人を知り、唯一絶対の人となった。他の女性は考えられない。一生離れられない。とすると結婚する以外にない。

僕の今の気持では、何年でも待つ。緒田さんが結婚してもいいよというまで待つ。そのためならばYに帰ってきてもいい」

(42年2月 沖田陽一)

「私の家では色々な事情があります。親の過剰な愛情、私の義務感、そして長女として重荷が体一杯にかかっているのです。だから『卒業しました→結婚します』とは言えない、出来ないのです。少なくとも五年は出来ません。それは貧しい中無理して出してもらった者にしかわからない気持なのです。恩返しをすると言ったらおかしいかもしれない。ただ、私は私の家の深いつながりに別れを告げる事が出来ない。

本当は結婚するのが絶対に嫌だ、と思っている訳ではありません。してもいいと思う程、貴方が好きだから。期間区切って恩返しのような事が出来る訳ではないと思いますが、そんなに長い間遠くに離れていて、そんなに長い間待ってもらう訳にはいかないと思っているのです。

これを言ったら最後、もう終わり、俺は嫌だよ、と言われるのが怖かった」

(42年2月 緒田啓子)

「僕は長男であり、両親は僕の帰りを待っている。将来どうしてもG市に帰らなければならない。緒田さんも自分の気持以外に、家の色々な事を考えなければならない事は全く同じです。貴女の言葉で言う恩返しという事、これは障害にはならないと僕は思います。そのために結婚出来ないとするならば、もう一度考えてみて下さい。貴女の気のすむ期間、僕も一緒に手助け出来る。

今現在二人の間にある一番大きな障害は緒田さんの結婚は不純なものではないかとする気持であると思う。その他の障害、特に恩返しなんか一生の間ならば余計二人で力を合わせてやれば、より楽に出来るではありませんか。どうして全てを振り切って僕の胸の中に飛び込んできてくれないのですか。

あなたの気持はあなた自身の問題であるから、僕にはいくら努力したとしても変えさせる事は出来ないかもしれない。だが僕は、変わると信じています」

(42年3月 沖田陽一)