そして、決戦の日曜日。彼女の実家に着くなり、

「早速始めましょう」と駒を並べ始めた。

「今日は雰囲気が違うなあ。勝つ自信でもあるのかね?」

「はい」

「言い切ったねえ」

先手が俺。後手が親父さんに決まった。

「よろしくお願いします」と対局が始まった。

季節は冬だが暖房が入っているため暑く感じた。それでも集中を切らさず、なんとか親父さんの一手一手に喰らいついた。序盤は劣勢だったが中盤巻き返した。汗がしたたり落ちる。冷たいウーロン茶を一気に飲み干す。それでも汗が止まらず団扇を借りて仰いだ。

と、ここで親父さんの手が止まった。席を立ち二階の自室に入ること十分、ようやく戻り一手を指した。

(ん? これは……でも、こうなると。いや、しかし……)

今度は俺が長考した。

「すみませんがトイレを借りてもいいですか?」

「どうぞ」

トイレであらゆる勝ちパターンを考えた。十分後、俺も座るなり迷いなく次の一手を指した。

「ん~……いやいや。この短期間でどんな特訓をしてきたのかね。こんなに苦しめられるのは久しぶりだよ。俄然闘志がわいてきた。私も君の思いに全力で答えるよ」

また一手、また一手と今日は長期戦となった。そして九十九手目。攻防戦に変化が出た。親父さんが至極の一手を投じてきた。

(そこは手痛い。でも回避したい)

どうにかこうにか抜け道を探しつつ、逆手を取りたいと一心不乱に将棋盤を見つめシュミレーションした。

しかし、百十一手目。

(もう逃げられない。打つ手はもう……)

「参りました」

「今日は今までで一番緊張した対局だったよ。君に感謝しなければならない。君が望むことをなんでも言ってみなさい。私は全て受け入れるから」

「え? でも……」

「将棋は私が勝ったが、君はこれまで絶え間なく努力してきた。毎日畑仕事をする傍ら、将棋の戦略も練っていたんだろう? 私のほうが根負けしてしまったよ。それに高校の時の君の友人からもお願いされていたんだよ。君は良い仲間を持ったな。後で感謝のメールでも送りなさい。さあ、君の想いを打ち明けなさい」

「ありがとうございます。改めまして娘さんのことを心から愛しています。田舎暮らしでいろいろと気苦労をかけるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。娘さんを僕にください」

「分かった。娘のこと。孫のこと。よろしく頼んだよ。畑仕事で忙しいかもしれないが、たまには顔を見せに上京しなさい。君のご両親にも近いうちに会わないとな。とにかく頼んだよ」

「分かりました。ありがとうございます」

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※本記事は、2021年10月刊行の書籍『ライオンと鐘鳴らす魔道師』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。