窓からの景色が少しずつ田畑や農道になった、先に見える緩やかな山を上がる途中に祖母の家があると、石田さんが指差した。向こうから選挙カーが走ってきて、女の人が大声でマイクに叫びながら、白い手袋をした手を大きく振っている。

選挙カーとすれ違う時、石田さんが、

「よぉーっ、頑張れよー」

と言って親指を立ててグーサインした。知り合いの人なのか、向こうの人達も車から身を乗り出し気味で、嬉しそうにこちらに手を振っていた。何だか楽しそうで、僕も早く大人になりたいと、ふっと思った瞬間だった。

途中でスーパーに寄ろうと、車を店の駐車場へ止めた。駐車場の向かいに大きな学校があり、【北伊予中学校】と書かれた看板があった。男子生徒がグラウンドで大声を出して野球の練習をしている。春休みを返上してまで練習したいほど熱くなれる事や、円陣を組む仲間が羨ましいという気持ちを認めたくなくて、何だか必死で格好悪いな、と僕はそっぽを向いた。

それでも、ボールが金属バットに当たるカキーンという音が、空に見える飛行機のジェット音と重なるようで爽快だった。

祖母の家には、市内から一時間ほどで着いた。大きな柴犬が、ゆっくりと歩み寄って来て出迎えてくれた。老犬なのに艶のある綺麗な毛並みで、穏やかな顔から大切にされているのが分かる。ブラウンの瞳で僕を見ながら膝の辺りの匂いを嗅いだ後、大きく尻尾を振って仰向けにゴロンと転がった。

「この子の名前はマメ」

祖母はそう言って、僕かマメかどちらに話し掛けたのか分からない言い方で、寝転がったマメのお腹を二、三度撫でた。豆柴犬という事で貰ったけど、どんどん大きくなったらしい。だから名前は豆柴犬から「豆」を取ったと教えてくれた。

「マメ」

僕が名前を呼ぶと、マメは仰向けのままでお手をした。

左右に開く玄関の戸を全開に開け放し、あれこれ荷物を入り口まで運んでくれた石田さんにお礼を言った。祖母が石田さんに野菜や米など色々入った段ボールを渡している。僕も、もう一度お辞儀をした。石田さんを見送った後、スーパーで買った荷物を持って祖母と家の中へ入った。

少しの疲れと、ちょっとだけ乗り物酔いのような気怠い感覚がまだ残っていて足が重い。あまり食欲も無くて、祖母に頼んで軽い食事にしてもらい、最近リフォームした感じのステンレスのお風呂に入ってその日は寝る事にした。

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