野菜を山のように抱えた女性が鹿を売っている店に入っていった。しばらく何か交渉していたが、野菜と鹿を交換していた。よく見ていると、皆、持ってきた何かと別の何かを交換している。

「物々交換?」

「お金がない世界なのかな」

「でもさっき、おじさんは朱が高いって言ってなかったっけ」

「言ってた、言ってた。確かに言っていた」

「お金を持っていて、お金で買い物をする人もいるけど、お金を持っていなくても買い物ができる人がおるっていうことなんかなぁ」

「高いというのはほんのちょっとの朱を買うんに、たくさんの肉や野菜、服や食器がいるって意味かもしれない」

男が、「ちょっとのしゅが、たくさんのしなものになる。てつのくさび、たくさんにならない。しゅといっしょ、たかい。おかね、とくべつなひとのもの」と、解説した。

中に、いくつかの穴のあいた握りこぶしぐらいの丸い焼き物を売っている店があった。売り子が楽器だと言った。先ほどの楽団の人たちもこれと同じようなものを吹いていた。

はるなが手に取って吹いてみたが音は鳴らなかった。ちさが試してみると、最初はならなかったが、二回目にぽっ、ぽっと少し音がして、何回か吹くうちに音階が作れた。学校で習った歌やアニメの主題歌を吹いた。ちさの周りに人だかりができた。ちさは恥ずかしくて、穴があったら入りたいと思った。それでも何曲も吹き続けた。

ショウがちさの笛に合わせて店の柱を木切れで叩いた。最初はメトロノームのように拍子(ひょうし)を整えるだけのものだったが、叩く場所や、たたき方で音色に変化を付けて、次第に太鼓かドラムのようになった。人垣の中から、一人二人と踊り出す人まで出てきた。聴衆から大きな喝采が起きた。


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※本記事は、2021年10月刊行の書籍『朱の洞窟』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。