ウノは熱いお茶を入れた。いつも通り、元は妻の為にお土産を手にして静かに帰って行った。武が亡くなって九年。父親代わりの郭昌宇カクチャンウーは、人の紹介で州の役人の娘、朴賢姫パクヒョンヒと出会う。お互いの理解が進み、半年後に結婚した。すぐに男の子を成し、ジュンハンと命名。

「あなた、何をニコニコしているの?」

「うむ、ジュンハンがね、前にも話した男の子のようによく笑うからさ。それにお前に似ている」

「あら、そうですか? 私はあなたに似ていると思いますけど。武さんの事ですね。知っていますよ。季節ごとにお参りされている事。思い出の多い方なのね」

「彼のことか、ジュンハンの兄さんみたいな人だよ。生きていれば二十七歳か……。随分歳の離れた兄弟だな」

「私と同じ歳なの? フフッ、お会いしたかったわ。苦労されたのでしょう?」

「彼は日本人だったが、この国のために銃を手にしたのだよ。生命をかけて敵に向かった。そして我々を守ってくれようとした立派な青年さ」

「そう。いい方もいるのね、日本には。周りはそう思っていないみたいだけど」

「人に隔たりなんてないよ。向かい合えば素直になれるし、手を握ることも。国を越えても思うことは変わらないと感じるね。ありきたりだけど、平和というものがどんなに大切なことか、彼に教えられたような気がするんだ」

「そうですね。私たちはこの子を育てましょう。人を愛することができ、常に平和を唱え、勇気を持って行動できる男の子に。あなた、私少し力が入ってきましたわ」

「おいおい、そう急がなくていい。ゆっくり見守ってあげるんだ。子は必ず報いてくれるだろう。それから少し落ち着いたら、私は世話になった日本の村を訪ねる。そこにも武の墓があるのだ。当時の方々が生きておられたら、その時の御礼も言わなくてはならないからね。君は来なくていい。ジュンハンに無理をさせてはいけないから」

「分かりました。あなたなりの思いを果たされるのですね」

ジュンハンが、ソファーの上で宙に足を上げ、声を出して笑い始めた。郭はタバコとマッチを持ってベランダへ出た。

「あとでコーヒーを入れますね」

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※本記事は、2022年3月刊行の書籍『二つの墓標 完結編』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。