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光彦と淳美が離婚し、あかねの望みは叶えた。次は光彦の望みを叶える番。つまりは光彦とあかねを別れさせること。これを成し遂げなければ、光彦と結婚することはできない。とりあえず春樹はあかねと接触した。後は淳美のときのように、あかねが春樹の誘惑に屈するのを待つばかりだ。

希代美は何の役にも立たない、人間として最低の男に自分の幸せを委ねていることに戸惑いを覚えていた。それほどまでに希代美は幸せに飢えていた。希代美は光彦に電話した。

「あの、話したいことがあるので、また前回の喫茶店に来ていただけませんか」

あかねは春樹の顔をじっと見つめた。太い眉に負けないはっきりした黒い瞳は自信に満ち溢れていた。笑顔になると細めた目に優しさが滲み出てくる。春樹の低い声の振動はあかねの耳だけでなく、胸の奥まで響いた。

(あっちゃんが光彦と離婚したのは、この男の存在があったからではないだろうか。プレイボーイ気取りのこの男があっちゃんに手をつけないはずがない。もしそうだとすると、光彦と結婚することは、あっちゃんのおこぼれを預かるのと同じではないか。そんなことは許せない。もし光彦と結婚しても、陰であっちゃんがほくそ笑んでいるかと思うとやりきれない。あっちゃんは私に恥をかかせるつもりだったんだ)

先ほどまで感じていたあかねの優越感はすでに吹き飛んでいた。

(あっちゃんにはこの男は似合わない。私こそこの男にふさわしい)

あかねは春樹の瞳を見つめ続けた。春樹はあからさまなあかねの視線を軽く受け止めていた。

(僕から誘う必要もなさそうだ。この女は僕を求めている。報酬の30万円はもういただいたようなものだ)

あかねは春樹の誘いを拒む素振りも見せなかった。二人は雑踏を抜け、ホテル街へと消えていった。

「あなたは奥様と離婚したそうですが、それでもこのまま続けてよろしいのでしょうか?」

「ええ、続けてください。最初の目的はなくなってしまいましたが、過去は忘れて一から出直したいと思っています。あかねと付き合う気はもうありません」

「わかりました。ありがとうございます。もう進めてしまったので、どうしたらいいかと思いまして。近々良い結果をご報告できると思います」

光彦は淳美との離婚の痛手からまだ立ち直れていないようだった。

「あまり気を詰めすぎないほうがよろしいかと。お顔の色が悪いですよ」

「ありがとうございます。あなたにもわかりますか。まったく情けないしだいです。何も手につかないんです。仕事もうまくいかなくなったし、家に帰っても何もする気がしないんです」

「私で良かったら、たまに誘ってください。実は私も離婚を経験していますから。もしかしたら、離婚の先輩として何か助言でもできるかもしれません」

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※本記事は、2021年10月刊行の書籍『「本当の自分」殺人事件』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。