2. トランジスタの発明

真空管で作ったコンピュータはとても大きく、電力もたくさん必要な上、真空管の故障も問題になりました。そこでベル研究所では、半導体を用いて真空管と同じ機能を持つ素子を開発することを進めました。

1905年のアインシュタインの光量子仮説(光も最小単位ごとの不連続なエネルギーを持つ粒子である)から始まった量子力学の発展により、1920年代に電子のエネルギー準位の考え方が確立し、1930年代には価電子帯と伝導帯との間にエネルギーギャップがあるゲルマニウムやシリコンなどの半導体についての物理が出来上がりました。

ベル研究所のケリー所長は、ショックレー、バーディン、ブラッティンなどの物理学者を集め、半導体を用いて真空管と同じ機能を持つ素子の開発に取り組みました。

n型半導体(4価のGeのなかに5 価の原子を混ぜたもの)の表面にはp型反転層が存在し、ここにエミッタとコレクタの2本の電極を近づけて接触させ、エミッタに正の電圧をかけると、ベースからコレクタへ正孔の拡散流れが発生して増幅した電流が流れることを、バーディンとブラッティンは、ショックレーの出張中に発見しました(1947年)。これは点接触型トランジスタと呼ばれました。

ショックレーはこの現象をさらに分析して、pn接合を活用した図26のようなバイポーラ型トランジスタを発案しました(1948年)。npn型トランジスタの場合、ベースとエミッタのpn接合に電流が流れ出す0.6V以上の電圧を与えれば、エミッタからの電子がベースを通過してコレクタまで到達する流れが発生します。この原理によってアナログ信号の増幅機能と、デジタル回路でのON/OFF機能が実現しました。

このデジタル回路としてのON/OFF機能がコンピュータの論理演算に活用されていきました。

[図表]トランジスタの原理

3. コンピュータの発明

コンピュータはまず、自動計算機から出発しています。10進法であれば、1加えるごとに0から9まで進み、9の次に10となります。2進法にすれば、0と1だけで計算できるので、0と1 、つまりOFFとONの切り替えを並べることで数字を表し計算します。

はじめはプログラムを順次読み込んで計算を実行していましたが、プログラムをメモリのなかに内蔵し、これを順次読み込んで実行するプログラム内蔵型コンピュータ(ノイマン型コンピュータと呼ばれる)となっていきました。

また、文字も0と1で表した数字に置き換えることでコンピュータで文字を扱うことが可能になりました。人間が実行させたいプログラムを人間がわかる言語(プログラミング言語)で作成し、これをコンピュータ上の0と1の数字列の処理プログラムに変換して、コンピュータを実行させるシステムが出来上がっていきました。

一方、トランジスタを作る技術は、一つのシリコン基板の上に複数のトランジスタを配置して配線する「集積回路」となり、この集積密度が急速に上昇していきました。

4. マイコン、パソコンの発明

1968年、日本の電卓メーカー「ビジコン社」が、創業したばかりのインテル社(1968年創業)に電卓用LSIを注文しました。インテル社のテッド・ホフがメモリとプロセッサの組合せでメモリのプログラム内容を書き換えるだけでいろいろな算術を行う方式を考え、ビジコン社の嶋正利が論理設計を行って、マイクロプロセッサ4004を1971年に製品化しました。これがマイコンの誕生です。

インテル社はその後、8008(1972年)、8080(1974年)などを次々に開発し、1981年にIBMが個人用の小型コンピュータPCにマイクロプロセッサを採用しました。これがパソコンの発明です。そして、パソコンの実行を管理制御するオペレーティングシステム(OS)として、Windowsが登場しました。

Windowsは、画面上に作った窓(Window)内のアイコンやメニューをマウスなどでポインティングすることで操作できるシステムで、先行していたApple Macintoshを超えて、幅広く使われるようになりました。

一方、テキサスインスツルメント社は、ROM、RAM、I/O、CPUを一個のLSIに集積した「1チップマイコン」を1971年に開発しました。これが機械に組み込まれる「組込みマイコン」へ発展していきました。自動車エンジンにおける燃料噴射の制御や洗濯機の制御など、いろいろな機器の電子制御が進みました。組込みマイコンはロボットにも活用され、ロボコンでも活用されています。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『人と技術の社会責任』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。