「高梨さん、意識戻りました!」

周囲が走り回っていた。病院だ。医師ではなく、患者となっている高梨は、目を覚まして自分の状況を思い出した。麻里那からのメールを受け取った2か月後、世界的に流行していた疫病に高梨も侵され、入院したのだ。すぐに意識を失い、人工呼吸器を装着するほど容態は深刻で、死の淵を何日も彷徨っていた。

「高梨さん、分かりますか?」

尋ねる女性医師は、麻里那ではなかった。……俺は徳島に行っていなかったのか。全て、麻里那から聞いたことをつなぎ合わせた、夢だったのか……高梨は朦朧とした意識の中でつぶやき続けた。俺は、徳島に行ったなんて嘘を、自分自身についたのだな、と荒い息の中で微笑した。

麻里那から来たメールも、「生きている意味はない」ではなく、「徳島の病院で働きます」だったのか、もっと別のメッセージだったのか、記憶が定かではなくなった。どっちだ。麻里那は、生きているのか。高梨の呼吸が、再度、乱れ始めた。

「高梨さん、大丈夫ですか!」

女性医師の声がする。その声が少しずつ、遠のいてゆく。

「麻里那は、俺の嘘に気付かない馬鹿ではない。俺の隠した本心を見抜いて、信じられる勇気があったのではないか」

高梨ははっきりと見え始めた麻里那の顔を心で見つめながら、そう思った。そう信じたいんだ、と小さく唇を動かした。いつの間にか、呼び続ける女性医師の声は、麻里那の声に変換されていた。

「讃岐男に阿波女。働き者の讃岐男に、阿波女は情が深いからお似合いだって言ってたな。見栄っ張りで意地っ張りの江戸っ子とだって、阿波女は似合うだろ」

「阿波女は情が深いってだけじゃないんですよ。働き者で芯が強いって意味もあるんです」

「じゃあお前が俺をいつまでも守ってくれ」

「もちろんですよ」

そんなことを言って、二人で笑い合った日が妙に最近のように感じられた。相変わらず苦しい息の中で、高梨の気分だけは不思議と高揚していた。助かったら、徳島で麻里那と小さな病院を開こう。

そう思い、高梨は大きく一つ深呼吸した。

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※本記事は、2021年12月刊行の書籍『残念ながら俺は噓つきだよ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。