「検非違使に任ぜられたという事は、宮廷の役職に就いたということになります。つまり武衛の配下ではなく国に仕える官人ということになりますね」

広元は当たり前のことをわざと口にして頼朝の顔を窺った。

「あの院が九郎を身近に引き付け、鎌倉の対抗馬に仕立てて鎌倉を牽制しようとしているのか」

二人の懸念はここにある。

「そうでしょうな」

「事態の読めぬ九郎をこの先どう扱うか、いやどう管理するか」

「殿、私に一つ案があります」

頼朝と広元の会話に居合わせていた政子が口を開いた。

「何じゃ。申してみよ」

「九郎殿に、鎌倉から正室を送っては如何ですか」

「何、正室」

「あの世間知らずで、自負心が強く扱い方が面倒な男に嫁を持たせるのです。すでに公家達が自分の娘を側室に差し出していますが、まだ正妻はおりませぬ。鎌倉の息のかかった女子を傍に置いておくと、九郎殿の考え方も動向もわかりますでしょう」

「なるほど、それは良いかもしれぬな」

「それは良い案でございます。お方様はそれに向く娘はもう考えておられますな」

「河越重頼殿に今年十七歳になる娘がおります」

「重頼の室は比企尼の娘であったな」

「殿が媒酌をしております」

「比企尼はわしの乳母であり恩人じゃ、その孫娘ならば舎弟の正妻として釣り合うし不自然な婚姻ではない。それに関東で重きを置く河越氏と姻戚になっておくのも好都合じゃな」

「ならば、重ねて殿が仲介をするとなれば、九郎殿も河越殿も否とは申されないでしょう。そして、北の方の側近をその娘に付けて送り出すという事ですな。都合の良いことに、重頼殿とその息子重房は、義仲追討戦で九郎殿の配下におりました」

「そうであったな、直ぐに重頼の同意を取ってくれるか」

河越重頼は御家人の中でも有力であった。それがため、自分の乳母であった比企尼の娘を(めあわ)せ、二人の間にできた娘を弟の正室にしてより強固な関係を築けることにもなる。

「では、直ぐに」

頼朝が自ら媒酌するという。双方に断る理由はなく、九月には輿入れと決まった。

【前回の記事を読む】不当な扱いを受ける義経にさらなる追い打ち。時の法皇は幕府を非難するも…

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『小説 静』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。