僕は、会社に行く代わりにヨーロッパを旅するようになった。支社のあの連中の顔を見なくても済むと思うと、少しは心が穏やかになった。暫くぶりに、支社に顔を出すと本社から派遣されてきた人物が、僕の席に座っていた。

──あなたを解雇します。

そいつはただ一言そう言うと、僕の前に書類を放り投げてよこした。手に取って、内容に目を走らせた僕は、抗議の声を上げようとしたが、そいつの冷たい目を見ると、黙って引き下がる道を選んだ。そいつの目は、あのときの経営者の目にそっくりだった。そして僕は確信した。

──この会社も長くない。

僕は、支社を出るとすぐに荷物をまとめて、会社が用意してくれていた賃貸マンションを引き払い、日本への帰国を決めた。阿蘇に帰ろう、そう思った。阿蘇に帰ってきてから、僕は一台の車を手に入れた。

当時、八百万円だったか、高いのか安いのかわからなかった。アメリカでの業績を評価された僕は高額のボーナスをもらっていたので、貯金はたんまりあった。ヨーロッパでの失敗は痛手だったが、金銭的には問題なかった。

東京に戻って僕は、また就職活動を始めた。いくつかの会社に勤めたものの、僕は満足できなかった。とにかく、人と合わせなくてはいけないということがどんどん苦痛になっていった。人と協調しなくてもいい仕事はないものか。僕はそんな夢のような思いを胸に抱きながら、勤めては辞めを繰り返した。

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