裕美は、原宿にあるビルの一室で、デザイナーたちと服飾の相談をしていた。今度のパリコレのモデルを誰にするかと話している。

「この間、テレビでパリコレを目指すモデルを選ぶってのがあったじゃない、その子はどう?」

「それはテレビ番組のお話では? 確か、何とか先生がやってた」

「そんなの構わないでしょ、テレビ番組でも何でも。いい子ならいいんじゃない?」

裕美は調子に乗って続ける。

「何なら、ついでに、その何とか先生をモデルにする? どの服にするんですか、これでしょ、なんちゃって」

「御冗談を。とにかく、手配してみます」

裕美は、高級ファッションブランド「コシダ・ジュン」の社長として、第一線で活躍していた。自らもデザインをするが、デザイナーを育てる能力も優れている。その人の趣味嗜好をいち早く察知、感得する能力はファッション業界で秀でるための一つの資質であり、これが、娘の真理の、人の夢を見透かす能力にも引き継がれているのかもしれない。

こうして、裕美がパリコレの打ち合わせをしているところに、裕美の携帯電話の着信音が鳴った。

子供の通っている千尋小学校からである。子供が怪我をしたので、迎えに来てほしいというものであった。夫が対応することが不可能であることは明らかなので、自分が行くしかないと思い、一応、「モデルの決定はペンディングにしておいて」と告げて、会社をあとにする。

しかし、このままの服装で学校に行くわけにはいかない。学校にも、裕美は町のスーパーの経理のパートということになっている。かといってマンションに戻るのも遠回りなので、自分の会社の事務員の制服を着ることにする。ところが、裕美は背も高く、スタイルがよく、他方、社員は皆小柄だったり、太目だったりして、裕美とはサイズが合わない。

しかし、そんなことは言っていられないので、とにかく借りて着た。太いが丈が短いと、妙な具合だがやむを得ない。裕美は制服を着て、学校まで社有車で行き、近くで降りて歩くことになる。

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※本記事は、2022年1月刊行の書籍『獅子谷家の事情』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。