【前回の記事を読む】性同一性障害の苦悩「生理が来てもナプキンをつけなかった」

居場所

現実から目を反らすため、僕は空想の世界をよりリアルに作り上げ、その中で生き始めた。夜の布団の中、僕の頭の中には成希という青年がいた。成希はかっこ良かった。スポーツが得意で好きな人の前でバスケの試合をするんだ。成希は充実した世界の中で笑っていた。本当は上半身裸になって思いっきりプールでも泳ぎたいんだ。

僕は自由な世界を求めて小説を書き始めた。内容は僕に似せた主人公の性別が間違えて生まれてしまった話だ。主人公の女の子は今の性別にとても悩んでいた。しかし、ある朝に起きると彼女は男になっていたのだ。小説の主人公は不思議に思いながらも周りに合わせて男として生活を続けた。

やがて今ある性別に確信を得た主人公は以前からやりたかったことを思う存分した。メンズ服を着ておしゃれを楽しみ、好きな女の子に声をかけて堂々と恋をする日々。部活はバスケがいい。精一杯頑張るんだ。勉強だってスマートにこなしてやる。完璧なモテ男子を僕は生きる。そんな彼の好きな女の子は村瀬に似たボーイッシュでかっこかわいい少女だ。男としての生活と青春を書いている時、胸が弾んだ。生きられなかった僕の青春そのものなのだから。

だから休日は一日中、部屋で小説の世界と布団の中の世界を往復して過ごしていた。小説の世界で一番、楽しかったのは性を意識した恋の描写だった。主人公の身長、骨張った骨格、女子にはない大きな筋肉。落ち着いた精神の男性。徐々に声は低く変化を遂げていき、その魅力は女性を虜にさせる。全てが僕にはないものだった。

性は人を魅力的にさせる。そして人は性に惹かれる。小説を書いていてそのことを痛感した。小学校高学年となると部活動が始まる。僕は陸上部の短距離選手で成績も悪くなかった。全国大会も本気で目指していた。部活動があったから、僕は小説や成希の世界だけに籠もらずに済んだ。

僕が初めて出場した大会は県大会だった。いきなりの出場にもかかわらず、僕は百メートル競技で二位の表彰台に上がることができた。それでも僕は短距離で自分よりも速い女子がいることに驚いた。初めての大会でメダルを手にしたことは、とても誇らしいことであると同時に、僕自身を天狗にさせてしまう出来事でもあった。

僕はスポーツに夢中になった。昼は陸上に、夜は趣味の剣道にのめり込んだ。スポーツをしている瞬間だけは自分に胸を張れた。当時の僕は上を目指すことに夢中だった。だから、スポーツの不得意な同級生がどこの部に所属するかなんて記憶にもなかった。話をする相手も選んでしまうほど僕は調子に乗っていた。

十二歳になると、体に柔軟性のない僕は怪我に悩まされた。成績はみるみるうちに下降した。自分が注目されなくなって、ようやく自分の愚かさに気が付いた。陸上部には山本君という男子がいた。彼は唯一、僕よりも足の速い男子だった。

山本君は小学校高学年になり、突然に目立ち始めた。全校朝会で歌う曲で、山本君がドラムを担当したからだ。その姿を見たほとんどの人は山本君に憧れた。その上、山本君は陸上部のエースで学年で最も足が速かったのだ。僕は陸上部つながりから、それなりに山本君と仲が良かった。彼は面白くていつも僕や女子たちを笑わせてくれた。モテないわけがなかった。

僕は山本君の腕の血管やゴツゴツした大きな手が好きだった。腕だけでもかっこいいと思うこともあるのだなと気付いた。女子の抱く感情とは違っていたが、僕自身も彼に惚れていた。男が男に憧れるとはこんな気持ちなのだろう。