北村大輔は、この小説を面白いと思った。文章がまだ粗削りなのだが、主人公の非行少年のめちゃくちゃな生活が、その当時ツッパリと呼ばれた不良少年の島洋二郎を思い起こさせるようで、純粋さと繊細さを伝えていることに加え、仲の良い兄弟だったと、島洋子が事あるごとに話していた実話を巧みに盛り込んでいた。

しかも倉沢綾子という女の子との出会いと別れが壮絶で、哀れみを誘うのだから、誰だって読んでみたくなるだろうと分析していた。

そして今年の六月に、島洋子の家を訪ねたときに、倉沢綾子のモデルとなった女の子との恋物語と彼女の死が実際にあったことで、島洋二郎の兄が交通事故で亡くなったのは、彼が倉沢綾子の死を知った日から、二ヶ月ほどしか経っていなかったことも北村大輔は知った。ちなみに、小説の中では夏休みに倉沢綾子の家に行ったことになっているが、実際は六月だったと島洋子は教えてくれた。

一九八八年、島洋二郎は兄の葬儀を終えたその日の昼食後に、トイレで葬儀用のネクタイを使って自殺していた。時を置かずに、連続したと言ってもいいような、大切な二人の死を経験したことで、島洋二郎は人生に絶望してしまったのだろう。北村大輔は長年抱き続けた、島洋二郎の不可解な死についてそのように考えを改めていた。

だが今回の中原純子の事件が起きたことで、彼の死に対する疑念が湧き起こった。自殺そのものに疑いを挟むつもりはない。北村大輔が問題にしているのは、島洋二郎が自ら死を選んだ、その原因だ。島洋二郎は自殺する少し前に、親類と昼食を摂っていた。

このことについては二日前(二〇〇五年九月二十一日)に高倉豊と会ってから、自宅に戻ったときにもしやと思い、北村大輔は母にそのときの島洋二郎の様子を尋ねていた。すると彼の母は、確かに憔悴し切っているような印象を受けたが、仕出しの弁当は残さずに食べていたと話した。その僅か二十分後にあんなことが起こるなんて、信じられなかったわと母は付け加えた。

これから自殺しようと考えている人間に食欲があるとは、北村大輔には到底思えなかった。ということは昼食後から死を選ぶ、ほんの短い間に、島洋二郎に何らかの出来事が起こって、自殺衝動に駆られた末に起きた悲劇だったと推測することが出来る。

今回起こった、中原純子の絞殺未遂事件との関連はないのだろうか。身内に犯人が居る可能性が高いとの、高倉豊の言葉を思い出したとき、北村大輔はどうしてもその可能性を考えたくなった。

このことについて、彼と同様に考えている人物が居たとしたらどうだろう。

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※本記事は、2021年8月刊行の書籍『天上に咲く赤い花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。