第一章 アフリカのホモ属(ヒト属)

《二》ホモ属の進化(二六〇万年~二〇万年前)

タンザニア・オルドヴァイ渓谷で発見された石器は、丸いれき(つぶて)の一部を単純に打ち割った石核石器でした。

このオルドヴァイ型の石器は、一〇〇万年以上にわたって、あまり変更なしに使われました。一〇〇万年もまったく進歩がなく、ほとんど模倣して石器を作っていたのではないかと思われるほどで、現在の人間の基準から見れば、全く創造性を欠いているようにもみえます。しかし、その模倣も大切なことです。誰か一人が創造し、それが便利だと思ったら、それを真似まねる(学ぶ)、これはこれで立派なことです。みんなが真似て、学んで、はじめて、それがその社会に広まり、ひいては、次代に受け継がれていきます。それが重要なことです。

創造と模倣(真似る=学ぶ)、これは人類の大きな特徴となるものでした。ホモ・ハビリスはそれを一〇〇万年間も絶えることなく継続したのです。チンパンジーなども簡単なことはやりますが、長続きがしません。それは類人猿をはじめ他のいかなる動物にもできない人類だけができることでした。

ここから、ホモ(人類)社会には、「創造と模倣・伝播の法則」が働くようになりました。ある者が石器を発明し使っているのを見た者が真似(学ぶ)をしてやってみる。便利であれば、他の者がまた、真似(学ぶ)をする。真似ることがなければ、このように社会システムが普及しなかったでしょう。

この石器は、最初は一〇〇万年ぐらいほとんど変わりませんでしたが、やがて、創造(改良)が加えられ、多様化し、長い年月の積み重ねののち現代の技術社会に至ったのです(それはこれから述べることですが)。石器を何のために作ったかといえば、主として食料を得るためでした。

ホモ・ハビリスのオルドヴァイ渓谷の遺跡から出てきた骨をよく見ると表面に無数の傷がついていました。割れた動物の骨の化石が出てきていますが、この骨は、骨髄を取り出して食べた残りの骨だと考えられています。このような遺跡から出てきた動物の骨を現在の狩猟民のそれと比較検討した結果、両者の共通点の多さなどから、人類の肉食の起源は二六〇万年前までさかのぼることがわかってきました(図二のガルビ猿人を含めます)。

石器(道具)を作って使うには手を動かさなければなりません。手を支配しているのは脳です。脳が働いて、手を動かして仕事をし、手でさわって外の世界を知る。しかし、逆に、手を使うことによって脳の働きが向上するという側面もあります。手を使うことによって脳を発達させたとも言えるのです。

道具を作って使ったホモ・ハビリスは脳容積が少しずつ大きくなっていったことは化石でわかっていますが、石器作りだけでなく、それを使って狩りを行うことも脳をきたえることになりました。

狩りには大変な集中力と、知識が集約されています。ホモ・ハビリスは、集団で食料を求めて放浪しましたが、簡単な石器しか持っていなかった彼らは、自分で狩りをする力はまだなかったでしょう。

彼らが探していたのは、最初は肉食獣の食べ残しでした。死肉という新たなカロリーの高い食料源をおそらくは偶然に手に入れたでしょう。次からは死肉を探し始めたでしょうが、ライオンやハイエナと戦う力はなかったでしょうから、競争相手が食事を済ませてその場を立ち去るまでじっと待ったでしょう。

この段階で残されるのは骨だけだったでしょう。しかし、彼らはオルドヴァイ型石器を使って骨を砕くことができました。四肢の骨や頭骨には貴重な骨髄や脳みそ、すなわち純粋な脂肪分が含まれており、骨は栄養たっぷりの食料源となりました。その次からはホモ・ハビリスは肉をもっと効率的に手に入れるために、さまざまな工夫を始めたでしょう。

石器を工夫し、集団で肉食獣を脅し追い払い獲物を横取りできるようになったでしょう。これは肉食獣と直接戦うより易しかったでしょう。さらには、小さい獲物は自分たちで狩る工夫も始めたでしょう。死肉探しから始まった肉食は、やがて狩猟へと発展していったでしょう。

体力的に劣っていたホモ・ハビリスが選んだのは肉を得るために脳を使う、つまり知力を使うことでした。