旅人 

「……そうだな。妖魔だ」

男の声は妙に落ち着いている。恐怖の顔色一つ見せないのは、何度も修羅場を潜ってきた証なのだろう。その男の開かれた瞳は、恐ろしいほど黒く、その視界に捉えるもの全てを漆黒で呑み込んでしまいそうなほどだ。

男を更に印象づけているのは、その髪型だった。長い赤髪を頭頂部で束ね、それを三つ編みにして垂らしている。そして、腰には刀、手には短槍を持っており、いつ戦闘が起きても良いように備えているのか軽装の鎧を着込んでいる。男が馬の上で揺られる度、鎧の金具が音を立てる。そんな男の格好はどこから見ても武人であることを表している。

そんな男とは対照的に、少年の顔にはまだ幼さが残る。少年もやはり髪は後ろで結い、それを三つ編みにして垂らしている。着ているのは一張羅らしい擦り切れかけた薄いぼろに、足下を気にしていないのか裸足だ。身体も栄養失調とはいわずともとても細く、少しの衝撃で骨が折れてしまいそうなほどだ。

少年の姿は端から見ると従僕のように見える。だが、実はそうではない。二人は兄弟だ。だが、見る限り二人の年は十以上離れているように見える。二人ともこの辺りでは見かけない服装をしており、顔もこの辺りでは見かけない彫りの深い骨格をしている。褐色肌に赤髪。瞳は漆黒のように澄んだ黒色。この二人はこの国の者ではなく、遠く離れた異国の旅人だった。

物音は離れた場所でしばらくの間、密かに留まっていたが、突然何かの堰を切ったようにどこかへ向かって疾走していった。やっとのことで恐怖から解放された少年は安堵のため息を吐く。

「確か、さっきはこの辺りに妖魔はいないって」

「……ああ、あれは間違いだった」

男がそう言うと少年は呆れた顔をする。だが、ここで男の表情が不安げな色を見せ始める。

「どうしたんだよアニキ。何か顔が怖くなってるよ」

少年が険しくなっていく男の表情に不安感を覚えたらしく尋ねる。

「あの妖魔、様子が変だった。何かに取り憑かれたような……」

何か違和感を感じたのか男は、何かを思い出したかのような表情をする。

「ゲン。この先には、確か村があったよな」

「あることはあるけど。もう少し先だよ」

「どのくらい離れてる」

「そうだな……半里くらいだと思うけど」

ゲンと呼ばれた少年が男の問いに答えると同時に、男は馬を走らせる。

「アニキ……ああもう、いつもあんな調子なんだから」呆れた表情で少年も男を追いかけ、馬を走らせる。