泥棒猫か孝行猫か

 

榎本さんちの前の道を挟んだはす向かいには、駄菓子や日用品雑貨を商う山川商店がある。時代が昭和から平成に移り変わる頃までは、駄菓子屋さんは身近にたくさんあったそうだ。だが、今では探しても殆ど見つからないので、子供達は遠方から自転車を漕いで山川商店に押しかけて来る。この店の前を通ると、子供達が楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえて来るんだ。それで、俺も一度店を訪ねてみたいと思っていた。

ある日、店の中をチラリとのぞくと、お客は誰もいない。子供は猫を見るといじめにかかるので、子供がいない今がチャンスだ。躊躇する暇はない。即座に店の中に突入した。棚にはところ狭しと駄菓子やくじ引き用品が並べられ、賑やかだ。匂いも様々入り混じって、食欲をそそってくる。

「あ、はっぱえびせんがあるぞ。榎本さんがお酒のおつまみでよく食べているものだ」。どうりで海老の匂いがした訳だ。俺は咄嗟にお店のおばさんの姿を探した。おばさんは後ろ向きになって、棚の駄菓子の点検に没頭している。お客は誰もいないから何も気にしていない。俺がいることも感づいていない。俺は動くのも歩くのも忍者のように音を立てないからな。

「今だ!」。俺は一袋を口にくわえ、急いで店を出て、榎本さんちに向かって一目散に帰って来た。庭に着いて家の方を見ると、サンルームの戸が開いていたので、はっぱえびせんをくわえたまま、そこから入って行った。タイミングよく榎本さん夫婦がサンルームにいた。俺は喜び勇んで二人の前に行き、自慢げにポトリとはっぱえびせんを床の上に落とした、いや、置いた。

「榎本さんのお好きなお酒のおつまみをお持ちしました。どうぞ、今夜召し上がってください」と心浮き浮き弾んだ声で言ったんだ。きっと、榎本さんは喜んで受け取ってくれるものと思っていた。なのに、事態は思いがけない方向に展開していったのだ。